杉並の阿佐谷時代の終焉は・・・恋に破れて訪れた…。

『下品なカマス男』といわれていたМ沢の…何の根拠もない幸福への幻想を真に受けては一途に下品なカマス男に尽くした私がウブ過ぎた…。

自分の愚かさと甘さ青臭さを嫌というほど思い知り、ふらりと電車に身を投げてしまおうかと思う日々の中、私には山形に帰るしかなかったのだけど…。

一方の私が下宿していた阿佐谷のK山荘では十年前後前に早稲田で起きていた恋のもつれをあの当時未だ引きずり、大家の息子が早稲田にいた時に手を付けた女性が二人、あの当時もよく阿佐谷にやってきては未練がましく大家の息子の正妻にあれこれ接近していたことを思い出した。

府阿佐谷から山形に引き上げる時…宅急便で次々と山形に荷物を思っていたことを思い出す。その荷物の中にはО市観光協会職員時代に買った中古のフェンダーストラトキャスターもあった。ほとんど弾けもしないのに、ただ持っていた。
そして勤務先の南青山S社も辞めては山形帰った・・・。とある三月の…そして雨の日だった・・・。ダ高円寺で買ったウエストのしまったダッフルコートに身を包んだ私は、傘をさして山形駅から小白川まで歩いて帰った。途中中学のの隣のクラスの女の子の家のスポーツ店が閉店セールをしていた。その女の子は店内にいたけど…諸事情でわたしとその隣のクラスの子との間には大きな距離が出来ていた…。あってもお互いに会話することもなかった…。
ものの白熱電球灯る店内で、そしておそらく倉庫の中にあったような古い野球のグローブやバット等が雑然と並べられた店内・・・何かしらの懐かしさが漂っていた。

小白川の家に帰る…
かつて初生理を迎えた時にナプキンと鎮静剤を渡されたあの食堂で、
『今度は貴女も山形人になるんだからから…』
と言われた。あたかも初生理を迎えた時にナプキンと鎮静剤を手渡されて、『女の人生』を生きていくその入口に立ったあの頃の空気が食堂に甦っていた。初生理は中学に入った年の初夏だったから、ほぼ十年前ということになる・・・。その間いろいろあって私は私になりに旅をしてきた。

「そうだな・・・S谷さんに頼んでみるか…。」
S谷さん・・・私の父あの人の先輩で、私が通った千歳幼稚園もS谷さんの紹介だった。そんな事であの人は私の人生の節目節目で現れた。
「あしたS谷さんにあってきたらどうだ。」
というので、その翌日、山大の南側にあるS谷さんの家まで出向いた。パンプスにストッキング、濃紺のスカートに白いハイセーターに濃紺のウールコート姿で・・・。
「すっかり綺麗になったね・・・ついこないだまで赤ちゃんだと思ったのに・・・。」
子供の居ないS谷さん夫妻は私が来たことをとても喜んでくれた。
「そうか、これから山形人になるのか・・・。」
と思うと、山形の肌寒さがなぜか懐かしく感じられた。
やはりここは私が帰るべき土地なのだろうか…？S谷さんの庭にはクロッカスが黄色い花を咲かせていた…。そういえば私が千歳幼稚園に初めて登園したときも、山大前東原町の官舎アパートの庭に黄色いクロッカスが咲いていたことを思い出した。
そしてすぐさま私はS谷さんが話をしておいたというМ会館のT山さんに会いに行く・・自転車で…。粗末な履歴書を持って・・・。
М会館の事務室でお茶を出してくれいのが黒いセーターとダークグレーのスカート、そして黒いストッキングのT橋I子さんだった。、見た目は若かったけど、その落ち着いたオーラからは私よりねかなり年上の大人女子だと思った。ほっそりとした綺麗な人だった。

М会館…タイル張りの給湯室、和式トイレ、スチール製の什器・・・いかにも1960年代の建物という感じだった。あの時代ならではの味わいと年季の入った濃厚なオーラがなにか安堵感を感じざせる職場で、たわしはそのМ会館の玄関先に白いブラウスに紺色のスカートとベストで受付業務をしていたけど、奇しくもこのМ会館、私の通っていた千歳幼稚園の近くだったのだ・・・。そんなことがあって幼稚園に通った二年間のあの感覚を開く扉がところどころに存在していた・・・そんな職場だった。
М会館の近くにある通りがマロニエ通りで、このマロニエ通りの花屋の二階にあったのがそのころ開店して間もないビーフシチュー専門店の「来世紀」だ。実はビーフシチュー専門店ではなく看板メニューがビーフシチューなのだが、新宿のルフランのように女性向けの店で料理のサイズも女性向けで少な目、彼氏同伴でくれば彼氏が満足できないという量だけど結構カップルで来る人も多かった。にしても基本的に女性向けの店でまずおじさんは来なかった。茶色の器にぐつぐつ煮えたビーフシチューが入っていて、そしてサワークリームが乗っている。とろとろのすね肉、マッシュルーム、緑鮮やかなインゲン・・・なにかもう一度食べたい味だけどあの店が閉業して久しい。

にしても私はこの「来世紀」で私よりもずっと年上のT橋さんと訪れ・・・そして
「旅に出たいなぁ…充てのない一人旅…。」
と話をしていたものだった。ちなみにT橋さんは西高のご出身・・・。いつもは路線バスで通っていた…。

そんなT橋さんの家に行ったのは秋だと思う…。М会館休みの日、T橋さんは車で迎えに来てくれた…。むまさか黒いBMWで来るとは思わなかったけど、このBMW、T橋さんのお兄さんか弟さんのものだったと思う。
が黒いBMWで稲穂が頭を垂れる中を駆け抜けて行った。やはりあの頃はまだBMWは少なくてまだ羨望と嫉妬の対象になる車で女二人が乗る黒のBMWはこうさてんで停まる度に刺すような視線を浴びた。
そして初めての町に着いた。その町のそして１９７０年代初めに建てられたような家がT橋さんの家だった。そこでご両親と一緒に住んでいた。

そして二階のT橋さんの部屋…
「ほら・・・。」
となぜかT橋さんは西高の制服を見せてくれた…。
「バスで通ったよ、。田んぼの中を走るバスでね…。」「そうだね…。」
と懐かしそうに思い出を語るT橋さん・・・。私たちの前には近くの洋菓子店で買ったというモンブランケーキがあった・・・。都会的に洗練されない田舎のモンブランケーキにはそれなの独特の魅力がある。それは筆舌しがたい魅力だけど・・・。
「香織ちゃんは高校出て何年目・・・。」
「えーと、観光協会に三年いてS社に二年居たから…」
「じゃ六年めか・・・まだ六年になっていないんだ…。」

それからまた季節が廻り、М会館に来て三回目の春が来た…。
わたしもいよいよ決めなければならない思った。憧れの西洋に一人旅に出ることを・・・。
そして五月に早々と退職してそして旅の準備をして梅雨寒の六月に山形を後にした。都内の知り合いのところに泊まってそして成田から飛び立った・・・。

そして秋…帰国して山形に帰ってきた…。
まずМ会館に挨拶に行った・・・。
T橋さんY田さん、T山さんたちが懐かしく感じられた。そしてわたしはもうこのМ会館に居られないのだと思うと、たまらなく寂しくなってそしてМ会館をやめて度に出たことを後悔したものだ…。
「これから私、とむうやって生きて行こう…。」
そう途方に暮れていた時、東原で外貨両替などで世話になった銀行のT野さんにばったりとあった。私同様に細くて顔だちも私と似ているといわれていたT野さんだ、そのT野さん、ジーンズ姿だ・・・。
「あ、香織さん・・・。」
「あ、T野さん・・・。」
「わたし、銀行辞めたの…。あれから間もなく…」
二人は歩いて七日町までやってきては年季の入った喫茶店に入った。他飛世の話なんか歩トンとせしない…私たちの幼いころの話ばかりしていた。
そして
「ねぇ今度二人でどこかに行かない…一泊ぐらいの小さな旅行」
という。そして私たちはまた山寺立石寺に一泊の旅行に出かけることになる…。

山形駅から列車に乗って山寺駅へと降りる…この近場の女子二人旅が、成田から飛び立つ異国への旅よりももっと意味が深いものだった。私もT野さん秋色ワンピース…。
そして旅から帰ってくると、T野さんを小白川の家に連れてきた。そして食堂に通した。食堂の空気は初生理を迎えた私がナプキンと鎮痛剤を受け取ったあの晩のようにセルレアンブルーに輝いた。
「あたしね、初めて整理が来た時、ここでナプキンと鎮痛剤を受け取ってね・・・ああ、わたしも女の人生を生きていくしかないのかって何か諦めたことを覚えているいるの…。」
「初生理いつだった・・・。」
「中学一年の初夏・・・。」
「そうか・・・。」
「生理が来ると、それまでの自分を置いてきぼりにして『女』を生きなくちゃならないよね…。」
「うん。」
ふと私たちの心の中で、生理が来る前のあの頃の心の扉が開いた。未だカーテンを閉めていないガラス戸からは秋の星座が見える。懐かしい…秋の星座が魂の故郷への道しるべのように見える・・・。
私たちが集うセルレアンブルーに染まる秋の宵のテーブルの上には東原町ミッシェルのオペラ(チョコレートケーキ)が並んでいた・・・。山形駅から小白川に帰る途中にうちにお土産としてかっていたものだ。

マロニエ通りで捕まえて♪