トマイ家の人々
独文学者宅興亡史



ある初夏の夕刻近く・・・一人の小柄な年のほど初老と思われる男性がうちの門扉を開けて入ってきた。
ポロシャツにスラックス姿…パンパンのショルダーパック・・・
その仕草や雰囲気から、いかにも本屋だと解った。本屋というの書店7のことではなく、本の知識や活字の世界に自分の居場所や活路を見しだすような人たち、書店古書店図書館にしか居場所のない人たちだ。
外に出て行った私は一応
「どちら様ですか?」
と応対する。するとこの男性は
「あんたか・・・トマイ サンカの不肖の娘っていうのは…どうみてもしょんじょそこいらのオネーチャンだな・・・。」
と初対面の私に失礼なことを言う。当然ムカッとくる。
しかしこの男性はムッとしているわたしを尻目に、ずかずかと敷地に入り込み、
「おい、トマイ サンカのしょさいをみるぞ、どこだ。」
といって上がりこむ。この手の方々はそうなのだ。捜査令状でもないのに家宅捜査する・・・。なにか感覚が普通とおかしい…書店古書店図書館にしか居場所がないだけのことはある…。
しかしあまりにも公然として人の家に上がり混んでくる様子に私もなすすべがなかった。そしてようやくきがついた。このオッサン、その世界では有名な『一流の文学者』とやらなのだ。たしか名前は脳川膿男・・・。
しかしあれよあれよという間にこのオッサンは私の父糞文学者の書斎へ入り込む…そして激しい憤りを浮かべた…。書斎に吊るされて干されていた洗濯物に憤りを感じたらしい…。
「なんだこれは!お前、独文学者をなんだと思っているっ!」
とわたしを頭ごなしに怒鳴り付けた。その怒鳴り付けられた波動が、私の中の過去の生々しい何かを目覚めさせた。
「オッサンなんの真似だ。」
「なんだと!」
オッサンは目をむき出して良かった。今にも殴り掛かってきそうだ。かなり状況は緊迫名している。私は殴られるかもしれない…。殴りたければ殴ればいい、殺したければ殺せばいい・・・わたしは引き下がるわけにもいかない…ようやくたどり着き始めて普通の幸福への道を・・・ここで手放すなら、それこそこのおっさんと刺し違えて死んだほうがいい・・・。
「こちとら後ないんだよ、オッサン早く帰りなよ。」
「・・・。」
「オッサンが一流の文学者だかなんだたかしらないけど、あたしにはオッサンの文学や学問なんて関係ないんだ。
早く帰りな。
住居不法侵入と不退去罪だよ、警察呼ぶよ。ワッパかけられて留置所に泊まりたいのか?」
「何だと、こっちには弁護士もついているんだぞ。」
「だから何だよ。」
わたしは従姉妹の弁護士М君に訴えられそうになった時、М君を私の運命に引き込み、そしてハニトラをかけては機能不全にしたそんな生々しい過去が蘇った。
「こちとら揉めたくねーんだょ。うちら平穏に暮らしていたんだ。もうケンカしたくねーんだょ。帰りな。ただでさえ忙しい警察を手を煩わしたくねーんだ。」
「君は自分の文章がもう2度と本として出せなくなってもいいのか?僕は出版界に顔が広い・・・。本当にいいのか、君が自分の本を出せなくても…。」
「だから何だよ、脅しているつもり?何考えてんだ。」
「・・・あんたにも少しはトマイ サンカの学問や文章が解るとは思っていたが…。」
「いいから帰りな。」
こうして一流の毒文学者 脳川膿男は去っていった。

そしてそれまで少しはこの家に吹いていた「出版界の風」といしうものもぱたりとやんだ。
そしてときおり掛かってきた出版編集者からの電話もなくなった。
この家が
「出版界」
「読書界」
「文芸界」
というもやもやしたものからすーっと張られていくのを感じた…。


するとかつての古い付き合いが蘇った…。私が6歳まで過ごした山大前官舎アパートに勉強をほ習いに来ていたYちゃんFちゃんNちゃん姉妹・・・そして山大裏下小白川に引っ越してきて知り合ったK美ちゃんとか・・・。
こうして私を取り巻く『気圧配置』は変わった…。

Yちゃんは相変らずフェミニンでダージリンティのようなラベンダー色のオーラを放っている。子のオーラの香りは年を経るとともに深みが増したように感じた。そして私はYちゃんに打ち明け始めた…。
「私は15歳の時…中学卒業と同時に、あの家を出たの…。私には到底山形北高に入れるだけの学力もなかったし…いろいろあって急に泣き出したりヒステリーを起こしたりして情緒不安定だったの・・・。
そんな父は私を心配しては知り合いの精神科医などに診せたものだった。でも一向に良くならないので、
『人間には本が必要だ。よい本を読まないからこうなる。こういうものを読んでみろ。』
といってトルストイの『光あるうちに歩め』とか『靴屋のマルチン』なんていう本を買ってきたの。それで私がよくならなかったので、それである日、無父は私の部屋にやってきては
『この家から出ていってくれないか…。』
と告げたの。
『О市のSさんの家にしばらく居てくれないか・・・そこからお前でも通える高校に通え。』
と言われたわ…。Sさんは私たちの遠縁にあたる人でそこからT女という私立の女子高に通ったの…。」
そうYちゃんに打ち明けたものだった・・。するとYちゃんは
「そうだったの・・・。」
と頷く。
「だいたい香織ちゃんが精神的に不安定になったのは、香織ちゃんのお父さんが香織ちゃんに友達付き合いさせなかったからでしょ。友達と一緒に七日町のセブンプラザにいったことを怒って・・・だったらまた友達付き合いさせてあげればいいのに・・・それを精神科やら鍼灸やらそしてトルストイの本やらで治るはずはないじゃない。」
と話してくれた。私は
「解らなかったの。あの人は…良い本を読めば救われると治療されると思っていて・・・。あの人はそういう人なのよ。」
「私が北高の時にかおりちゃんのうちに勉強習いに行ったけど、香織ちゃんのお父さん、いつでも机に向かっていてクラシック音楽を聴いていて、私たちとは別の世界の人っていう感じだったわ…。私の家の雰囲気とは全然違うし…。」
「うん、わたしもあの頃,Yちゃんの家にいって、うちとは全然雰囲気違うと思ったよ。」
「それでね、わたしはI中学出てО市のSさんの家に世話になりながら、T女という高校に通ったの。T女の3年のころには喫茶店でアルバイトして成績も全然ダメで、それでSさんの世話で観光協会に勤めたの。でT女卒業してから三年目か四年目の秋かな・・・いきなり私の父がSさんの家にやってきたの…。
『うちにはうちのやり方があるっ!』
『もうこれ以上うちの娘に関わらんでくれ。うちの娘は文学やクラシック音楽を愛する。それは解るっ』
ってSさんに行って…そしてわたしには
『おい、ドイツにし取材旅行に行くから、ついて来いっ』
って・・・。
こうしてわたしはまた父の連れ戻されて、そして束縛されちゃったの・・・。」
「その時香織ちゃんには友達もいたでしょ。」
「うん、幸恵さんっていう私のことを妹みたいに可愛がってくれたお姉さんがいたの…体つきも私みたいに細くて顔も、わたしにていて、二人とも大場久美子とか言われていて…その幸恵さん、本当にわた和紙を愛してくれていて…。」
「その幸恵さんとの付き合いも断たれてしまった・・・。」
「うん。」
「わたし、高校出でからしばらくはショートパンツで居たの、デニムのショートパンツでね…。幸恵さんもスポーツ用のサテンのショートパンツでいたけども、ある時、幸恵さんがワンピース着ていたの…。それでわたしもワンピースを覚えたの・・・。懐かしいな…ワンピース…。」
「でも香織ちゃん、そのО市の新親戚の家からいきなり連れ戻されて、ドイツに行ったの…?」
「うん、父がエッセイを頼まれたか何かでそれでそのそのための旅行・・・。」
「香織ちゃん、そのエッセイだか、読んだ?」
「全然、わたしはあの人の書いた本絶対に読みたくないの。」
そしてYちゃんとその日は別れた…。
ひとり家路につくと、私のことを居も党のようにかわいがってくれた幸恵さんのことを思い出して涙があふれてきた…。
幸恵さんはわたしにワンピースの似合う女という生き方を教えてくれた人だったけど、高校時代の濃紺のサテンの短パンに、可愛らしいマゼンタピンクのポロシャツやタンクトップやTシャツといった格好よくしていた。細身でかわいらしい幸恵さんにそれがよく似合って私も幸恵さんも二人とも濃紺サテン短パンに鮮やかなマゼンタピンクのポロシャツといった格好で二人で町を歩いたり何か食べに行ったともあった。でも一度、幸恵さんと同じワンピースを着てそして町を歩いたり食事に行きたかったなぁ…と思う・・幸恵さんもきっと同じ気持だったよね…。