sp.mainichi.jp/journalism/listening/news/20141227org00m050015000c.html
こんな記事を見つけた。
コンパクトにすると、箱根駅伝という関東のローカル駅伝が注目を浴びすぎて駅伝を走るために全国から優秀な選手が関東に集まり過ぎて、燃え尽きる選手が出たり、マラソンに必要な練習ができないので箱根駅伝は必要がないという箱根駅伝に対する批判である。
これに対して思うことは‥
大切なのは見ている人ではなくて、本人がどうしたいか?ということではないか。
ローカルであろうが、あれだけ注目され、出れば賞賛される大会なんてないし、走ってみたいと思うのが普通だろう。
別に箱根駅伝を走ったから、トラックやマラソンで世界を目指さなければいけないなんて、そんなのは選手の勝手であろう。他のスポーツでも同じだし、例えば甲子園出たのになんでプロを目指さないのか?と言っているのと変わらない気がする‥それを言ったら日テレの上重アナなんてどうなのか。超エリートだぜ‥
武井壮もFacebookで発言していたが、オリンピックに出るよりも可能性があり、なおかつオリンピックよりも注目を浴びるのなら、それを終点として競技をやるのも悪くないと思う。オリンピックが箱根駅伝より注目を浴び、目標となるのなら燃え尽きないと思うし。
別に箱根駅伝の常連校に行かなくても、関西の立命館や京産大など大学の強豪なんていくらでもあるし、トラック専門やマラソン専門ならそういうとこでもやることはできる。(それでも近年マラソン・トラックで活躍しているのは箱根関係者)
それでも、関東に来るのは本当に「箱根駅伝を走りたい」ということ気持ちがあるから。それを止めることはできないと思うし、逆に箱根駅伝がなくなれば高校で陸上を辞めてしまう選手も多いだろう。
実際に周りにも「箱根駅伝を走りたい」というモチベーションで大学まで陸上をやった人も多い。競技人口の裾野を広げる意味では箱根駅伝が果たしている役目はとてつもなく大きいのではないか。
見ている人が嫌いだなんだと批判するのは勝手だが、やってる人の気持ちとか、それに生活を賭けている人もいるわけだから、そういう事まで考えて書くのがジャーナリストというものではないかと、そう思った。
ちょっと正直クオリティの低い記事かなと思ってしまったので書いてみました。
