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東京大空襲


小野寺昭憲オフィシャルブログ - 破壊と創造の記録 --東京大空襲


 昭和20年3月10日、米軍は首都・東京に無差別爆撃を決行し、B29による焼夷弾の劫火で都内四方を取り囲むと、続けて絨毯爆撃により逃げ場を失った女子供を含む一般市民をことごとく焼き尽くしました。東京は一夜にして焦土と化し、死者10万人を超す阿鼻叫喚の地獄絵図となったのです。──東京大空襲、今から64年前の今日です。


 国と国が国家の威信と存続とを賭けて武力により衝突するのが戦争です。それは自国とて敵国とて同じこと、戦争に善も悪もありません。しかしそこには理不尽にも暗黙のうちに、勝者が善であり敗者は悪である弱肉強食の図式が出来上がっているのです。今も昔も不変の事実として。


 大東亜戦争終結後、我が国は米国を中心とする戦勝国によって一方的に裁かれ、多くの日本人が戦争犯罪者として処刑台に送られました。しかし勝者である米国は、明らかにジュネーブやハーグ陸戦条約など戦時国際法を犯しておりながらも、東京大空襲から原爆投下に至る非戦闘員の大量虐殺を裁かれることはありませんでした。それは偏に彼らが“善”で我が国が“悪”だったからなどでは決してなく、単に彼らが勝って裁く側にあり、我が国が負けて裁かれる側にあっただけのことです。


 勝てば官軍の言葉を表すかのように、対日無差別爆撃を指揮した米軍少将カーチス・ルメイは後年こう語っています。『もしアメリカが負けていたら、私は戦争犯罪者であった』と。


 戦争に善も悪もありません。ただ焦土の上には夥しく深い哀しみが、愛国心を胸に御国の御盾となった誇り高き軍人の屍の下には罪も無い一般市民の御霊が累々と横たわっています。いつの世も、どこの国でも最大の被害者は弱き者たちです。善悪を超越した戦争のさ中で最期に彼らが望んだものを、我々現代人は守らねばなりません。それが、今日我々が甘んじている“平和”というものだと私は思います。


 ──黙祷。