木彫刻「賢申堂」の河合申仁のブログ -2ページ目

平成25年岸和田祭

今日で八月も終わり。
明日から岸和田城下は祭一色となる。

昨年の祭が終わった瞬間から、中町の若頭責任者をさせていただき、
一年がくる。
他の21町の若責とも仲良くさせていただき、大変ではあったが充実した一年であった。

今年は伊勢の神宮の式年遷宮。その年にたまたまではあるが岸和田祭は八年ぶりに岸城神社の例大祭と地車宮入式が同一の日となる。
岸城神社の例大祭(本宮)は地車曳行の日程とは関係なく、毎年9月15日である。
そして宵宮祭は14日。

例大祭ポスター


さらに今年は中町が六十年ぶりの年番長。
そして中町地車完成から、90周年である。
(大正11年新調と書かれた書物が多いが、完全完成は大正12年である)
まさに中町の当たり年。
その記念すべき年に若頭責任者をさせていただくことに誇りを感じる。

中町姿見



そして明日(九月一日)の晩は「三郷の寄り合い」
(本来の三郷とは、岸城神社氏地の、村・町・浜の三郷。
現在は、岸和田天神宮・弥栄神社(春木南)との連合曳きである為、
中央・浜・天神の三郷となっている。)
宮入、パレードの籤引きの日である。
それと同時に中町若頭は詰所開き。
一気に町の雰囲気が祭り様式に変わる。

詰所を開くと、「花寄せ」が始まる。
泉州地域では誰もが知る言葉であるが、「花」とは御寄付のことである。
祭の運営に当てる資金を、集める(寄せる)のである。
我々自ら集めにまわったり、また詰所に持ってきていただいたりするのだが、
なかなかこの御時世、思うように集まらない。
今年は記念すべき年。贅沢をするつもりはないが、多少の余裕をもって祭を迎えたい。
そこで、このブログを見ていただいている皆様にお願い。

とりあえず今年だけでも(毎年していただくと有難い)いいので、
中町若頭に御寄付をお願いいたします。
おそらく22町の中では一番人数の少ない若頭。
しかも、若連協に三人を送り込み、非常に苦しい状態。
皆様からご寄付をいただけるようにと、今年は粗品のバスタオルのデザインを
私がさせていただいた。
例祭と重なる岸和田祭を記念して、岸城神社の御祭神を描かせてもらった。
木瓜紋の「素盞鳴尊(すさのおのみこと)」
橘紋の「品陀別命(ほんだわけのみこと)」


一万円以上御寄付の方にお渡ししている。
どうぞ宜しくお願いいたします。


また、今年はだんじり会館の20周年の年でもある。
その記念行事として、明日からだんじり会館では
「地車彫刻下絵展」~平面から立体への軌跡~
が催されている。
だんじり会館より、「岸和田木彫会」に依頼され実現した、
今までにない催しである。
私の下絵も数点展示されている。
23日まで開催しているので、興味のある方はどうぞ。

http://kishibura.jp/2013/08/11/danjiri_kaikan_20th/index.html






岸和田木彫会発足

皆様ご無沙汰しております。

仕事、若頭責任者と、かなり多忙な日々をすごしております。
時間的にも精神的にも余裕がなく、更新がおろそかになってしまったことを
お詫びいたします。

今回は余裕がなくても絶対に書いておかなければいけないことがあり、
パソコンの前に座ることにしました。

ご存知の方もおられると思いますが、この度泉州の彫師の有志が集結し、
「岸和田木彫会」を発足しましたことを、ここに報告いたします。
ホームページも開設しておりますので、ご覧いただければ光栄です。
http://k-mokuchokai.jp/


ホームページの挨拶文にも書いてありますが、発足にあたっての趣旨をご説明いたします。

挨拶文は少しかしこまって書いておりますので、少し柔らかく説明しようかと思います。

日本の伝統文化や伝統工芸が色んな事情で廃れていったり、職人がいなくなったりしています。各業種で事情は様々だとは思いますが、岸和田の木彫文化もその危機に立たされていると私は感じておりました。
でもそう感じていたのは私だけではありませんでした。
だからこそ、この会が発足したわけであります。
現時点では、各工房も数年先まで仕事が入っており、傍目からは何の心配もないように見えるでしょう。
でもこのままではいつか仕事は減っていき、いずれ無くなってしまうかもしれないのです。
それを何人もの彫師が感じていたわけであります。
もしかすると、我々が衰えるまではそれなりに仕事はあるかもしれません。
しかし我々には弟子というものがおります。
その弟子達がこの仕事で一生食べていけるようにしていくには、今我々親方衆が流派の垣根を越えて力を合わせ、知恵を出し合い、仕事の確保をしていかなくてはなりません。
播州は飾磨から淡路へ、淡路から岸和田へと脈々と受け継がれてきた木彫文化を、
百年二百年先へと繋げていくにはどうしていくべきかを、月に一度親方衆が集まり議論しております。
そして、この岸和田に根付いた木彫文化、また日本の祭をも支えていかなければと思います。
皆様どうぞ「岸和田木彫会」をよろしくお願いいたします。









清福寺修復

泉佐野市長滝にある日照山清福寺の大改修が、

奈良県の宮大工「大和社寺工営」によって行なわれている。


独立間もなく、ある方のお陰で大和社寺工営様と繋いでいただいた。

本町の光明寺の山門新築の時である。

それから、大和社寺工営様にはちょくちょくお世話になっている。


先日も連絡があり、清福寺修復の彫刻依頼であった。

いつもはさっと足を運べる距離ではないのだが、

今回は泉佐野。


修復ということもあって、そのまま残す彫刻もある。

その雰囲気に合わさなくてはならないので、打ち合わせを兼ねて現地へ。


なかなか古い町並みが残っているその付近。

長滝東の地車新調入魂式で通ったことがあるような、ないような・・・・



桜が満開の清福寺山門。
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修復が行なわれている本堂。
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向拝柱につく木鼻。
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山門にもセンスのいい彫刻が。

大瓶束(たいへいづか)の結綿(ゆいわた)には獅子噛がつく。


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ますます忙しくなるが、木下彫刻工芸にも手伝っていただき、

何とか乗り越えなければ。




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和歌山県橋本市市脇地車見学会



二十四日、和歌山の橋本市にある市脇の地車を見せて戴けるということで、

木下彫刻工芸の兄弟弟子達、また木彫片山、木彫前田、そして泉大津の花内氏らと共に

朝から車を飛ばした。


以前から非常に見たかった地車である。

なぜかというと、尊敬する大名人「開正藤」の彫物が入っているからである。


地元中町で小さい頃から慣れ親しんだ開さんの彫物。

当然私の父親は、「岸和田で一番の彫りもんや」と私に教えてきた。

どの町のどの親もそう教えてきたに違いない。

私もそう信じて、育ってきた。

しかしその頃、見る目もあるはずのない私は何がいいのかさっぱり分からずにいた。


そしてこの仕事に入り、その良さがわかり始めた。

開さんは天才である。

どの彫師さんも口を揃えてそう言うのである。


ある意味玄人(くろうと)受けする開さんの彫物。

泉州界隈の地車で開さんの彫物が入っている地車は、そう多くない。

その数台の内の一台が中町の地車であることが今となっては奇跡に感じる。


そんな開さんの彫物が入った市脇の地車。

以前は貝塚の半田で曳かれていた地車である。


それではその開さんの彫物を数枚。


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この馬のバランスがすばらしい。これぞ地車彫刻。



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人物や馬だけではない。陣幕や木の枝ぶり、霞、土辺。

開さんの彫物にはそういった、言わば脇役の部分に誰にもないセンスを感じる。


やはり、天才である。


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これぞ「淡路彫り」である。



そして市脇にはもう一台先代地車が残されているのである。

神社の境内に据えられた小屋から、その地車を出していただいた。


こちらは上地車。

先程とは全く作風が違うが、非常に見応えのある彫物であった。



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この度、この見学会を開いていただいた関係者の皆様、

そして市脇の皆様、本当にありがとうございました。

いい勉強になりました。




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サーフボードに彫刻

先日、嬉しい知らせが入った。

待ちに待ったサーフボードが完成したらしい。


昨年夏、中学校また若連の後輩でもある方からの紹介で、

思わぬ仕事をいただいた。

依頼者はビッグウェイバーで名高い、プロサーファーの田中宗豊氏。

シェイパー(サーフボードを作る人)でもある。


サーフボードに彫刻を埋め込みたいとの依頼であった。

もちろんこんな依頼は初めてである。

昨年、ボードの素材になるバルサ財が届いた時、わざわざ岸和田まで見せにきてくれた。


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サーフボードに日本の美を融合させたいということで、図柄は任せるとのことであった。

色々思案した結果考えついたのが、


波、ウサギ、月である。


サーフボードなので、やはり波は外せない。

それだけではつまらないので、海の神(航海の神)である神功皇后(じんぐうこうごう)の

化身とも言われるウサギ。

そして海の満ち引きを司る月。


そして出来上がった彫刻がこれである。

材料はケヤキと黒檀。。



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あとはシェイパーである宗豊氏の仕事。

四国の作業場での風景。

宗豊氏のブログから。


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そして完成品。


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実物を見てみたいものである。


このボードは実際使われるものではなく、

沖縄の北谷にある、Sea Side Hotel The Beach に飾られている。


いつか沖縄に行き、宗豊氏とこのボードを眺めながら酒を酌み交わしたいものである。






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