2014年3月の29日。
行く宛のない気持ちを引きずり、もやもやしたまま寝床について早一時間が経ちました。

通勤中、少し暖かな陽の光が目を覚ませと僕に伝えるようで頬がほんの少し緩みます。

伝えたいことが増えたせいか、考え事をする時間も日を追うごとに増えていきます。

何を手に入れたのか、何を失ったのか。

探せば探すほどに深みにはまっていく思考の長旅は、生きる意味を見出だす為の大切な時間なのだと気付けました。

考えることが出来るというのは幸せなんだと思います。


相変わらず音楽が好きです。
歌うこと、奏でるということ、聴くこと。
どれもが僕にとって欠かすことが出来ない物なのだと熟、思います。

それが全てと言い切れるまでにはまだ成長しきっていません。

多分死ぬまでそう思う日がくることはないでしょうけれど。

たまに昔僕が誰かに言い放った言葉が返ってくることがあります。

胸を締め付けるものや、喜びに満ちるものもあります。
僕の忘れた言葉たちはどこかで生き続け僕にさようならを言いに返ってきたみたいです。
雲のように形を変え、捉え処のない言葉という生き物が僕は好きです。

また会える頃までには僕も成長しようと決めました。

耳が聞こえなくなるその日まで。
ここ最近曲ばかり作っている。
メロディーの引き出しが前よりも少なくなってきてる気がするなぁ。
ここ四年くらい歌詞も日本語にしてたけど、今のバンドや弾き語りは英語で歌う曲が多い。

言葉遊びも余りしなくなった。
ストレートな物になっていくのが何だか恥ずかしい。
日本語での作詞は響きが好きな言葉を並べて歌詞のようにしていたけど今は伝えたいことや情景を歌ってる。
伝えたいことは大なり小なりあるけど歌詞に全て込めるのは難しいなぁ。
正直言って英語の歌詞ってその場で聴いてもはっきりわからない。
音源を買って初めてわかる事がほとんどだ。

だから演奏の雰囲気や表情、声の起伏、メロディーが大切になってくると勝手に思ってる。
今度の練習でその事を伝えよう。
見にきてくれた人に少しでも感じて欲しいからやるしかないようです。


昨日の夜(正確には一昨日の夜)に久しぶりにステージで歌った。
アコギが一本マイクが一本。
逃げ場がない中での20分。
お客さんは少なかったけど僕は一人で歌いきった。
歌詞は間違うしギターもミスった。
でも僕は20分という枠組みをやりきった。

意味のあるものだったのは間違いない。


何よりもね、楽しかったんだ。
歌うことがこんなにも気持ちが良いものだなんて感じられた。
それだけがわかれば何も怖くなんてないや。

また来月歌います。

次は今の僕の曲をやろう。


いつかバンドでもやってやろう。
そう思った夜だ。

そのあと後輩とも飲んだ。

素敵な夜だった。

よし、またやろう。