生まれた家はごく平凡な家だった。父はサラリーマン、母はパート勤めで3つ上の兄がいる4人家族。父は専門学生で母は高卒、兄は地元の私立大学を出ている。暮らしのレベルで言えば、まさに中。なのに私の周りにはお金持ちが多かった。県の中でも中心に近いところに住んでいたこともあり、私の周りは医者や弁護士、薬剤師などいかにもお金持ちそうな職業に就いている家庭が多かった。僕の家はそれなりに立地がいいところにあって、やはりその住民の人々もそれなりにお金持ちが多かった。父はローンでマンションを買ったが、給料に対してそれは見合ってはないのではないかと僕は考えていて、そのせいで幾分か自由じゃない暮らしをしていたのではないかと考えていた。

特別な能力はない。顔がかっこいいわけでも、身長が高いわけでも、足が速いわけでもない。頭も良くないし、コミュニケーション能力が高いわけでもなかった。至って普通、それが僕だった。小学校では友達は多かった気がする。誰かに頼られることも多かった気がするし、勉強もやればできた。習っていたサッカーは全く持って才能がなく、高校まで続けてはいたものの、周囲に12年間もやっていたと言うには恥ずかしいレベルだった。

正直に言うと、僕は自分はゲームの中の主人公なのではないかと思うことが多かった。特別何かに恵まれていることはなかったけど、どうにかなるとか、いい風に転がると信じていた。今、大学を卒業し、大学院に進学をしたわけだが、僕の人生は振り返ってみればしょうもないなって感じている。コロナもあって、大学の4年間は家に引き篭もることがおおくて、サークルもアルバイトもろくにやらなかった。家にいてはゲームやったり、スマホでYoutubeをだらだら眺める、そんな毎日で4年間はあっという間に過ぎていった。その間に周りは彼女を作ったり、きちんとバイトでお金を稼いで、旅行に行ったり貯金をしていた。振り返る思い出が時間の確かな積み重ねとして現れるのに対して、僕はこの4年間、そして現在の5年目まで何を達成することができただろうか。幸いなことに遊んでくれる友達はできたし、趣味のカードゲームで交友も増えた。一方で、僕は今までの人生の中で何を成し遂げることができたのだろうか。唯一誇れることは、才能がないなりに続けたサッカーだが、それもいまや大した力を持たない。僕は本当に人生の主人公ではないんだと思った。

きっと僕は精神的に少しおかしくて、よくネガティブに捉えることが多い。行動力もなくて、何も達成することができない。中学の頃は自傷行為もしたし、変な詩を書いたり、死にたいなって思うことも多くあった。生きている理由が見つからなくてやるせない人生にうんざりしていた。母も父も喧嘩が多くて、家にいることが最大の苦痛だった。怒られることも日常茶飯事で両親と会話をすることがとても嫌になった。今では帰省をしてもろくに両親とは会話ができない。きっと友達とかといる僕を見たら驚くだろう。

ふと考えたことは自分がもし死んだら、その後の世界はどうなるんだろう。身近な人が亡くなった経験は祖母の死だ。中学1年の頃で、あのときは実感も湧かなくてふと気づいたときにはボロボロ涙が止まらなかった。一方で、罰当たりなことに中学生特有の思春期で自分を抑えることができずにいた。最低だと思いつつも自分をコントロールできず、寂しさを埋めるとかそんなことではきっとなかったのではないだろうか。祖母が死んでも生活に大きな変化は起きなかった。遊びに行ったときにそこに祖母がいない、それだけだった。僕が死んだときその後の世界は普通に動くのだろうか。視界が暗くなって、誰もかれも動かなくなるようなことになるのかなんて昔は考えていた。けど、きっと僕はゲームの中の主人公なんかではなくて、RPGの村人1。誰か別の主人公がいて、そいつの生活が煌びやかに映るような引き立て役の中の1人に過ぎない。境遇が平凡だから、ネガティブでもポジティブでもなく普通。だから僕には物語がなくて、それで何もないままに死んで行くのだろう。僕は踏み台に過ぎない、そう考えると何が楽しくて生きていくのか分からない。