~ simple life ~
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震災

小学校3年の冬、1月16日、学校から帰る途中に今までに見た事のない空を見た。
紫色で、とても気味の悪い感じだったのをすごく憶えてる。

まぁ、その時はそこまで気にせず帰って、いつものように、母、父と隣に住んでいた、おばぁちゃん、おじぃちゃんの家でみんなでご飯を食べて、いつものように寝た。

まさかこんな事になるなんて思わなかったし、信じる事もしばらくはできなかった。

1月17日
「ガタガタ・・・」
はじめは軽く揺れ、親に「何?」と聞くと、「ただの地震やで」って。
でも、何秒後には「ただの」じゃなくなってて。

すぐに気を失ってしまった。
気が付くと二段ベッドの上に寝ていた俺は天井に挟まれてた。
身動きがまったくとれない。
母が力強くで出してくれて何とか出れたが、真っ暗で何も見えなぃ。
とりあえず、じぃ~っとしてるぐらいしか出来なかった。
でも、時間がたつたびに空気がなくなってきて、息をしてもコンクリートの味と匂いしかしなくて、意識が薄れてきた。

何時間かたったら、人の声が聞こえてきた。
その時は助かる事しか考えれなかったし、正気じゃなかったな。

友達のパパが助かった後に助けに来てくれた。
聞き覚えのある声。
無意識に涙がこぼれた。

そしてレスキュー隊が来て助けてくれた時には12時間がたってた。

俺と母が外に出て、やっと気持ちが落ち着いてきた。
でも・・・
「え?お父さんは?おばぁちゃんとおじぃちゃんは?」
その時、押さえきれないぐらいの感情が出てこようとして、でも小学生ゃし何も出来ない自分がすごい悔しかった。
ただ、帰って来るのをひたすら待った。

それから更に12時間後、父がタンカーで運ばれて出て来た。
意識があって、俺と会った時、強く手を握ってくれた。
助かった事、父の温もりを感じた事、色々重なって涙が止まらなかった。
でも、まだ帰って来ない。
いつも一緒で、いつもわがままを聞いてくれて、いつも愛してくれてた、
おばぁちゃんとおじぃちゃん。
ほっておけへんけど、父を病院に搬送するのが先やと、救急隊の人が言ったらしく病院に。
父は軽傷で、そのまま病院を後に。
俺だけ、親戚の家に。
父と母は、おばぁちゃん、おじぃちゃんが助けられるのを現場で待ちに行った。
もう、何日も寝てなくて、でも寝れない。
疲れで喘息の発作も出て風邪も引いて大変だった。
そんな時、親戚のおばちゃんが「お母さんから電話!」って。

小さかった俺でも、すぐわかった。
電話を出る前からわかってた。
電話の受話器を取る前から涙がとまらなくて、電話に出ても何も喋れなかった。
今まで優しくしてあげれなかった。
やんちゃでわがままいっぱい言ってた。
最後まで、ありがとうって言えなかった。

人生で一番後悔した日。

人生で最も大切な人をなくした日。

ごめんね、ずっと感謝してたし、ずっと大好きだった。

大切な人はいつまでも自分のそばにはいないし、出来るうちに孝行しないとな。
他の人も後悔だけはして欲しくない。

しまった!

今日、休みで飲みに行く約束。
お金ないょぉ・・・

って、それはおいといて。

約束の時間7時やのに、今地元の駅(^3^)/

7時半('∀'●)

まずぃ・・・

さぇ、みゅたん、かつし、ごめんなあぁあΨ(`∀´#)

似合わない、、、

人生で一番かもしれない。
それぐらい落ち込んで
凹んで
自分が嫌いになり
どうしようもない気持ちで
胃も頭も痛くなって
寂しい気持ちで
だけど、どうしようもなくて
目の前が真っ暗。
どうしたらぃぃんやろ。
こんな俺、変よな。
でも今回は無理っぽぃ。
迷惑かけた人、本間にごめんなさい。

ごめん。