もはや哲学か?一人のセラピストのひとりごと

もはや哲学か?一人のセラピストのひとりごと

思ったことを思ったように書いていきます。

私のひとりごとでも、誰かの琴線に触れるなら、考える機会になるのなら幸いです。

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 仲間から、

 

体温を37.0℃まであげたいんですけど何かいい方法はありますか?

 

 

という質問を受けた。

 

 

いろいろとやり方はあるけれど、すこしまとめてみようと思う。

 

 

 

第1段階

 

まずは筋力。

 

筋の動きによって血流は促進され、筋の量が多くなると体温が高くなりやすくなる。

 

西洋医学的にはそんなところ。

 

東洋医学的に考える。

 

東洋医学では、人体の構成は気・血・津液となる。

 

気はカラダのエネルギーと考え、血や津液の材料にもなるともいわれる。

 

カラダの中にそれらが足りなくなれば虚となり、過剰であれば実と表現される。

 

さて、東洋医学では、カラダの状態として、寒と熱と表現する状態がある。

 

寒は陰>陽

 

熱は陽>陰

 

の状態だ。

 

これは絶対値でも相対値でも上記の関係であればそう表現される。

 

また気・血・津液の巡りが悪くなれば代謝が悪くなったり、陰陽のバランスが崩れる。

 

また、食事にも注意が必要だ。

 

食材や調理法によっては体を冷やす方向に持っていくものがある。

夏野菜はカラダの余分な熱を取ってくれるが、基本的に生野菜と言うものは、食べ過ぎるとカラダを過剰に冷やしてしまう。

 

女性がダイエットでサラダばかり食べてカロリー制限していてもなかなか体重が落ちてこないのは、運動をしないこともそうだが、食材によって体を冷やしてしまい、基礎代謝を落としてしまっているからだ。

さらに冷え症も進行してしまうのもやっかい。

 

ここまでをまとめると、基礎体温を上げるには、食事で体を冷やしすぎないようにし、筋の量を増やし、気・血・津液のめぐりを良い状態にして陰陽のバランスを整えることが最初の条件となる。

 

 

ここまできたら次の段階。

 

 

 

第2段階

 

次に行うのは、筋肉の状態を良くすること。

 

筋肉に余計な力が入っていると、気・血・津液の循環を阻害する。

 

通るための道が狭くなってしまうのだ。

 

筋肉の固さをとっていくことで、その道を可能な限り良好な状態にすることが必要となる。

 

マッサージや交代浴、ストレッチ等でカラダの無駄なゆがみを取り除いていく。

 

アライメントをしっかりと整えるのだ。

 

筋の状態がよくなってもアライメントに崩れがあれば、筋の状態は緊張状態に戻りやすくなってしまう。

 

そして、内臓の疲れをとることも大切となる。

 

内臓の疲れは、暴飲暴食や添加物の多い食事によって、消化吸収、肝臓での解毒、腎臓での代謝再吸収に余計な負担がかかり、それによって関節や筋、膜に緊張を引き起こす。

 

そこからは呼吸が浅くなってガス交換網膜いかなくなってしまうため少しずつ酸性に偏る。

 

そのため、食事はエネルギーを産生してくれるもの、解毒を促通するもの、内蔵機能を助けるものを中心に取ること。

 

最近は糖質制限と称して、制限どころか絶っている人もいるが、絶ってしまうと気の材料がなくなってしまうため、一気に冷えに傾く。

 

大切なのは過剰にとらないことである。

 

量は少しでも、内臓が適切に消化吸収してくれれば一食あたりに摂る糖質の量は少なくてすむ。

 

基本はよく咀嚼することだ。

 

第2段階をまとめると

 

筋の状態を良くしていき、さらに筋膜の状態を良くしアライメントを整えていく。

食事に気をつけ、過剰に摂りすぎないこと。

 

上記2つの効果によってカラダの外からも中からも内臓の状態を良くしていく。

 

ここから第3段階

 

 

 

第3段階

 

ここまできたら、すでにそれなりに体温は上がってきているはず。

 

さらに挙げるための方法はここから。

 

体温をさらに上げるために必要な考え方は、

 

気の容量を増やし、気の総量を増やし、

 

血の状態をきれいな状態に保ち、

 

津液の状態を良くして代謝もあげる。

 

ここに着目する。

 

上記三つのうちに最も重要なのは気の部分だ。

 

だが、ただ気の量を増やそうと食事に気をつけても、そもそもカラダの中に蓄えられたり、めぐらせることができる総量が少なければ意味がない。

 

容量と総量が増えることで適切なタイミングで血や津液をつくり代謝することが可能となる。

 

血も汚れてしまっていれば、細胞に必要な栄養を適切なタイミングで適切な量を届けることができないため、良好な状態にしておく必要がある。

 

津液も血と同様。

 

では、容量をあげるのはどうすればよいか、それは

 

器を大きくし、道を広げること。

 

これに尽きる。

 

気を蓄えるとされるのは、東洋医学では腎にあたるが、それだけでなく、身体意識にも蓄えられると私は考えている。

 

それができるからこそ、丹田ができている人間は貫禄が出たりするのだろう。

 

それぞれの身体意識には気を蓄える、貯めるための器があると考えている。

 

その器を大きくすることが容量を増やす方法の1つとなる。

 

道を広げると言うのはそのままの意味で、気・血・津液が全身をめぐる際に通る道を広げることで、一度に体中を巡ることができる気・血・津液の総量を増やしてしまうのだ。

 

さて、方法だが、これはヨガやピラティス、または軸トレーニングが有効となる。

 

カラダの柔軟性、カラダのゆるみ、これが道を広げる。

 

さらには、適切に行っていくことで、身体意識も作られ、それらの容量も大きくなっていく。

 

内臓の状態はいいためこの時点で内臓にためておける容量も増えているはずだ。

 

ここにきたら第4段階に移る。

 

 

 

第4段階

 

第4段階では、気のコントロールを行う。

 

方法としては、簡単に説明するとハンターハンターのレンと凝だ。

 

カラダからは気が常に出ており、ある意味垂れ流しの状態になっている。

 

この垂れ流し状態をとめて、体の周囲にとどめられるようにするのだ。

 

やり方は、まず自身の体と外界との境を認識すること。

 

自分の全身の皮膚を感じることからはじめる。

 

これは坐位でも、立位でも、臥位でもいい。

 

どんな姿勢でもかまわない。

 

私は背臥位の解剖学的肢位でおこなっている。

 

人体の設計上一番余計な感覚入力が入りにくいことが理由だ。

 

だが、私にとってはその姿勢でも、この記事を見ている方にとっては違う姿勢のほうがよい場合がある。

 

さまざまな姿勢を試してみるとよいだろう。

 

さて、外界を身体の境を認識できるようになると、身体から数mm~数cmの範囲で何かモヤモヤとしたものを感じることができるようになっていると思う。

 

私の認識では、それが気(エネルギー)だ。

 

カラダをまとっている気はそのどこかから流れを作っており、その流れの先からカラダから離れて薄くなっていく。

 

その離れて薄くなってしまっている状態を引き戻してカラダからはなれないようにする。

 

それは意識することで少しずつできるようになる。

 

これがレンだ。

 

次に凝。

 

カラダから気を離さずにいられるようになったら、次は体の中心から手や足にその気を移動させることに意識を向ける。

 

すると、集めている部位は少しずつ温かくなっていく。

 

温かくなってきていればうまく移動できていると考えてよい。

 

最初は少ししか移動させることができないが、練習することで一度に移動できる気の量や、総量が増えていく。

 

移動させる量が増えると言うのも、道が大きくなければ効果が弱くなってしまうため、先に道を広げておく必要がある。

 

その二つができるようになったら、気の凝縮の作業に移る。

 

気の凝縮は、方法としては、身体意識や内臓に凝で気を集め、集めたものを圧縮して密度を上げるものだ。

 

これも、自分が一番やりやすい姿勢と内臓や身体意識を探していくと良い。

 

得意な器で行うことが一番練習としていい環境となる。

 

私のイメージでは野球ボール大の大きさのものをゴルフボールまたはピンポン玉大に圧縮していくイメージでやっている。

 

これらの方法は内気功、外気功に当てはまるかもしれない。

 

私自身がしっかりとそれらを学んでいないため、断言はできない。

 

だが、そのようなものと解釈している。

 

外気功に関しては、レンの状態から、目標物に対して気をのばすか、放出するかだと思っている。

 

よく患者とシンクロするという言葉を聴くが、それは外気功で相手のカラダに自分の気をのばして包むことで、相手の状態を把握したり、操作できるのだと考えている。

 

話がそれてしまった。話を戻す。

 

圧縮までおこなえるようになったら最終段階に移る。

 

 

 

 

最終段階

 

 

最後は気の総量をさまざまな方法で増やしていく。

 

方法は食事と、そして外からの気の産生だ。

 

食事は気を増やすのは補気の食材を基本にとっていく。

 

食事の基本は玄米

 

一気に補気をしたい場合にはやまいもがおすすめとなる。

 

血も含めてつくっていきたい時には

 

ぶりや蛸、たらがおすすめ。

 

良質な油は必要

 

ナッツ類は気ではなく血を補充してくれるため、血の状態が悪い場合にはおすすめとなる。

 

食事に関してはどの食材が良いかと言い始めるとキリがないので、今回は割愛させていただく、情報が欲しい方はわたしに直接連絡を。

 

そとからの気の産生は、よい環境なのはパワースポットと言われる場所。

 

1つは昔からある神社。

 

特に本社と言われる各神社の大本に行くのが良い。

 

神社は地脈や風水などの観点からエネルギーが集まっているところに立てられる。そのため日本では、大きな神社ほど土地のエネルギーが集まる場所と言える。

 

寺社もパワースポットとされる場所があるが、それは土地のエネルギーなのではなく、そこに代々所属して修行をした僧たちのエネルギーや説教やお経などに宿った言葉の力が貯まっている場所なので、時間や時期によってもエネルギーの総量が違っていたり、または邪気が貯まってしまっていて逆効果になる場合も考えられるため、避けたほうが良いと私は考えている。

 

神社以外には自然の位置エネルギーが高い場所が良いとも考えている。

 

1つは大きな滝。水は濁をながし、落ちてきている水はそれだけで力を持つ。

そのため、水がきれいな大きな滝の近くは、良いパワースポットとなる。

 

それらのエネルギーをどうやって受け取り、産生にあてるのか。

 

1つは呼吸

 

ただ深呼吸するのではなく、肺から、肌から空気を取り込み、そこに含まれるエネルギーや気をカラダに取り入れる意識や気の操作を行う。

 

これをしないとあまり効果はない。

 

2つ目は自然にふれる。

 

神社であればそのご神木に手をあてて、その気のなかから気を取り込む。

 

手は左手が良い。

 

右手は基本的に放出する手のため、取り込むのにはあまりむいてはいない。

 

そのため左手がおすすめ。

 

次の方法は裸足で土や水に触れる。

 

その土地の土から自分の足を根としてエネルギーをもらうのだ。

 

これはカラダに溜まってしまった電磁波を流す目的でも有効となるため、それだけのためにおこなってもよいが、どうせなら土地からエネルギーをもらったほうが一石二鳥でお得だろう。

 

これも意識やイメージから取り込みを開始する。

 

最初は取り込める量も少ないが、これも鍛錬することで量を増やすことができる。

 

取り込んでいるときにカラダを動かしたくなる場合がある。

 

この場合には、その感情に任せてゆっくりと動けばよい。

 

動くことによって効率的に体に取り込むことができるのと、不必要な緊張を抜くことができるので、不必要になった気や電磁波や毒素をデトックスしやすくなる。

 

 

 

何段階かに分けていったが、この段階は私が考えた段階であり、読んでいただいている方によっては順番が変わってきたりもするかもしれない。

 

しかし、効率的に体温を上げていくのであれば、現段階で私が考える方法は、この順番が良いと考える。

 

もちろん、どの段階も完璧になるまでおこなっていこうとしたらキリがないため、自分でよいと感じたら次の段階にいき、また必要と考えたら、前の段階に戻ればよい。

 

完璧を求めるほど自分の体は肩くなるほうに傾いてしまうため、必要最低限の部分は守りつつ、あとは自分の体の求めるワークや気の取り込みを行っていくのがよいのではないか。

 

 

きれいにまとめきったとはとてもでないが言えない。

 

しかし、自分の体を高みに持っていきたいと考えている読者の方にとって、本記事が少しでも役に立てば、これに勝るものはない。

自分とはいったいなんだろう?

そう考えたことはないだろうか?

私は何度も考える。

自身とはなんなのだろうかと。

私という存在の定義はなんなのだろうかと。

この身体?
心?精神?

では、身体とはなんだろうか?

この身体は本当に私なのだろうか?
視覚から入ってくるこの身体は、本当に私なのだろうか?

心とはなんだろうか?
脳なのか?心臓なのか?電気信号なのか?それとも、魂と言われるものだろうか?

私が私であるのは、何をもってそう思うことができているのだろうか?

生きるとはどういうことだろうか?
心臓が動くから?脳が働きかけるから?
飲むから?食べるから?
認識されているから?

何のために生きる?
そこにあるため?
残すため?
奪うため?
与えるため?
与えられるため?
認識されるため?
承認されるため?

死とはなにか?
心臓の停止か?
脳の停止か?
精神の消失か?
身体の消失か?
魂の消失か?
情報の消失か?
情報を認識されないことか?

時間とはなにか?
過去ー現在ー未来
過去とはなにか?
現在とはいつか?
未来とはいつか?
未来とは過去ではないのか?

未開が過去であるのなら、未来が過去となるのなら、私はなんなのか?

私の現在は、誰かの現在であり、過去であり、未来である。

ならば、私は過去であり、現在であり、未来である。

それを認識するのはなにか?誰か?

私か?他者か?

選択とはなにか?
事柄か?
時間か?
他者か?
自身か?

選択したのはなにか?
身体か?
精神か?
魂か?

何のために選択したのか?
自身のためか?
他者のためか?
物のためか?
他生物のためか?
時間のためか?
事柄のためか?

その選択はどこに向かうのか?
場所なのか?
人なのか?
物なのか?
前なのか?
後ろなのか?
横なのか?
過去なのか?
現在なのか?
未来なのか?

私は、私の選択は未来という過去に向かうための選択をする。

誰かのための過去となろうとも、誰かのための未来のために
私自身の未来のために

選択を繰り返す

それが私が選択した道なのである。

私自身が私自身を過去とするときに、後悔しないためにとる、選択なのだ。

それを認識されることも、私自身が選択した私の世界の選択なのだ。
私は普段は医療法人の入院部門にいて、そこには結構セラピストも“人数だけ”はそろっている。




結構他のセラピストが担当する患者にも介入する機会があるのだが、そのなかでクソみたいな介入しているセラピストがいた。




その患者さんは若く、下肢もなかなかに随意性があった。




膝も股関節も結構分離している。




ただ、足関節だけはあまり分離が進んでいなかった。




膝伸展位で足関節の背屈が全然入ってこない。




その患者とやっているリハビリの内容を話しながらやっていたんだが、どうやら担当は装具を作成するらしい。




その理由、なんと




「動かないから」




Σ(゚◇゚;)マジデッ!?




つい患者さんに言ってしまったわ。




ちょっと評価してみると・・・・・・




いやいや、装具なんて金の無駄になるでしょ?




っていうくらい動きそうな下肢。




案の定、足部と下腿をちょっといじったら背屈出てきたわ。




そしたら患者さんが




Σ(゚◇゚;)マジデッ!?



といってましたわ(笑




それから、担当がその患者さんに介入しているのを横目でみていたけど、ほんとにクソみたいなことしかしてねー。




低周波使ってたけど、見当違いなところに使ってるし、調整するところもおかしいし、感覚の入れ方も間違っている。




ほんとにあの患者さんかわいそうだわ。




多分最終目標は短下肢装具装着での独歩だな。




10m歩行もTUGも10秒を切ることはできないだろう。




ほんとに、患者さんはセラピストの腕がわからないがために、担当セラピストを勝手に決められてしまうために、人生の岐路で進む道を悪い方向に勝手に決められてしまう。




ほんとにかわいそうだわ。




私が何回か入ってドサクサ紛れに良くしていくしかねーな。




まあ、私自身もまだまだなところがあるから、数回の介入じゃ、担当セラピストにグチャグチャにされてしまうかもしれないが・・・



まあ、そうなっても、患者自身が自分の状態に気付いてそのセラピストの介入よりもよっぽど良質な自主トレやってくれれば、勝手に治っていくがね。




そういう教育を私はしてっから、基本的に私が受けもってる患者さんは、私が介入するときは筋トレとかしないし、よい患者さん相手だったら、セルフケアも教えるから、調整も基本的には私はしないで、介入のほとんどを動作の細かな修正と、感覚と意識の統合しかしてない。




ほかのセラピストが入った後だと、セルフケアではすぐに補いきれないくらいぶっ壊してくれるから調整するんだけどね。




患者さんは、セラピストいろいろと入ってもらって、どんどん指名したほうがいいよ。




指名できないといわれたなら、一番自分を改善してくれる人が誰かを自分なりに体験してリサーチして、それがわかったら、担当をクビ宣言すればいいと思うよ。




担当医師にセラピストの担当替えてって言ってもいいし、どんどん要求していいと思うよ。




人生かかってんだから。って、担当セラピストに言ってみなよ?




私の人生かかっているのわかっているの?あなた、ちゃんと私の今後の人生背負ってるの自覚してるの?




って。




病棟やセラピストからはクレーマー扱いされるかもしれないけど、そこにいる間だけじゃん?




そこから先の人生悪いほうに進むよりはよっぽどいいんじゃないかな?





セラピストは、無駄な時間を患者さんに過ごさせるな。無駄な医療費かけてんじゃねー。




それが自分の首絞めてんのを理解しろよ。
 最近、視床出血のクライアントの施術をしました。




その方は、病院でリハを受けているときから、腕、特に指先の痺れと顔面の痺れがありました。




担当セラピストは何をやっていたかはわかりませんが、




「上手に付き合っていきましょう」




と医師からは言われたようです。




そんなかたが私に依頼してくれたのですが、問診してみると、なんだか今回の疾患による神経の問題というわけではなさそうだったので、少しばかり頚部から頭部にかけて調整してみたら。




「ん?しびれなくなったぞ?!!」




とのこと。



やったのは、コッてる筋肉をほぐしただけ笑




10分でなくなったわ笑




ほんとに、病院でリハやってるやつらは何を評価して、何の治療介入をしているのだろうか。




病院によっては、手技を制限かけるところもあるらしい。




一人腕のいいやつが、ほかのセラピストの担当患者に入って、そのセラピストが解決できなかった問題点を簡単に改善したら、患者とのラポールが崩れて、その後のリハに影響が出て、結局は患者に不利益を与えるんだと。




アホか笑



だったら、改善してくれたセラピストに感謝の言葉を送るとともに教えを請えや笑




なに、自分の無能なことを棚に上げて同僚セラピストにクレーム出してんねん!!!




患者に不利益を与えるだと?!誰が出してると思ってんだよ!!無能なおまえ自身で患者はただの被害者やん?



患者は腕のいいセラピスト信頼して、良い結果を出せないセラピストのリハなんて受けたくないに決まってるじゃん!!




患者が腕の良いセラピストがどういうものなのかを知らないという、無知の状態だということを都合よく利用して、テキトーリハやってるやつが悪いんやん?




なあ、そのちっぽけなプライド捨て去ってさ、相手が後輩だろうとそこから何か得られるのなら教えてもらいなよ?




そのちっぽけなプライドにはどれくらいの価値があんの?




言っとくけど無価値だよ?




そこに価値を感じているのはあんただけだよ?




患者は無知なことで、それに無理やりつき合わされているだけだよ?




もうすこし、そのこと考えて少しでもよいセラピストになろうよ。




無駄に後遺症残さないようにしよう!
お久しぶりです。




一年を通して、ブログに書くのもばかばかしくなるような体験をいくつもしてきていて、記事を書く気も失せていたんですが、これは書かねばならんなということが出てきました。




医療従事者であれば当然関心を持たなければいけないことがあります。




そう、診療報酬の改正ですね。




来年度の診療報酬の改正について、厚生労働省が個別改定項目についてという資料を公開しました。
個別改定項目について(その2)



私は理学療法士なので、当然リハビリテーションの項目についてはチェックしたわけだが、なかなか面白いことになってきましたね。




そのなかで、回復期に関してはこんなことが書かれていました。




以下引用




第1 基本的な考え方

回復期リハビリテーション病棟において、アウトカムの評価を行い、一定の水準に達しない保険医療機関については、疾患別リハビリテーション料の評価を見直す。

第2 具体的な内容

1.回復期リハビリテーション病棟を有する保険医療機関について、当該病棟におけるリハビリテーションの実績が一定の水準に達しない保険医療機関については、回復期リハビリテーション病棟入院料を算定する患者に対して1日に6単位を超えて提供される疾患別リハビリテーション料を、回復期リハビリテーション病棟入院料に包括する。




引用終わり




これ、要点を簡単にまとめるなら




厚生省「改善できないセラピストばかりの医療施設には金ださねーから!!」




ということを厚生省が示してきたということなんです。



今までなら、なーなーのてきとーリハビリでも、入院ならばとりあえず自宅に帰しちまえば点数をとることができていました。




どんなに治せないセラピストでも、時間さえ過ぎれば、症状詳記をうまいこと文章力でごまかして書くことができれば、お金を請求できてたんですよ。




だが、今回の改正で回復期では、FIMの点数の改善、在院日数という客観的な数値が用いられ、一定基準を満たさない




「医療施設」



には、算定できる単位数を減らすという措置がなされます。




明言されてはいないので、確定はしていないのだが、この基準も




過去6ヶ月




という明確な期間が設けられているので、1ヵ月ごとに評価され、算定できる単位数が変わるということ。




つまり、たまたまが通用しない時代になってきたということだ。




たまたま自然治癒能力が高い患者が集まった月があって、セラピストの腕がどんなに悪かろうと勝手に治っていく人がたくさんいた月があっても、その次の月にはまた評価されて、病院の収入が減ってしまうというリスクが全国の回復期の病院で発生してくるということなんですよ。




とりあえず人数だけ集めて、てきとーなレベルの低いリハを提供している病院、少しでも入院料をせしめるために、帰せる患者を帰さないで退院をのばしにのばしている病院、MSWの力がなくて病床が埋まらない病院は、自身の経営手腕と、雇ったセラピストのレベルの低さに首を絞められていく。




ということは、だ。




まじめに質の高い医療・リハビリテーションを提供している病院が勝ち残っていくという、至極全うな時代がそこまで来ているんだよね。




病院経営者は決断を迫られるだろう。




今までどおりの、質の悪いスタッフに首を絞められ収入を減らすことを是としていくか。




それとも、収入を維持するためにスタッフの教育を行い、能力の向上を図るとともに、質のよいスタッフを積極的に採用していくか。




セラピストからすれば、今までまじめに勉強をしてきた、腕を磨いてきたセラピストがようやく報われる時がくるのかもしれない。




時代は腕のあるセラピストの時代だ。




リハビリの提供の形も変わってくるだろう。




自費リハビリの提供




セラピスト指名制度




など、保険診療に頼らない施設もこれからどんどん増えてくる。




これを予見できずに、遊びほうけていたやつらは、どんどんリストラされていくな。




私から見れば自業自得だが…




ちなみに、外来では、上限算定日数を超えて13単位縛りになっている患者で介護保険を持っている人については、こんなことが




以下引用




第1 基本的な考え方

急性期、回復期リハビリテーションは主に医療保険、要介護被保険者等の維持期リハビリテーション(入院中の患者を除く)は主に介護保険、という医療と介護の役割分担を勘案し、標準的算定日数を超えており、状態の改善が期待できると医学的に判断されない場合の脳血管疾患等リ
ハビリテーション、廃用症候群リハビリテーション、運動器リハビリテーションについて評価の適正化を行いつつ、介護保険への移行を図る。なお、要介護被保険者等に対するこれらのリハビリテーションは、原則として平成 30 年3月までに介護保険へ移行するものとする。
個々の患者のニーズを踏まえつつ、心身機能の向上から活動、参加へと発展させるリハビリテーションを推進するとともに、必要に応じて介護保険への移行を円滑に行う観点等から、要介護被保険者等に対するリハビリテーションについて、その目標設定支援等にかかる評価を新設し、医療保険と介護保険にかかるリハビリテーションの併給を拡大する。

第2 具体的な内容

1.現在、標準的算定日数を超えており、状態の改善が期待できると医学的に判断されない場合においても、1月に 13 単位に限り疾患別リハビリテーションを算定できることとなっているが、要介護被保険者等(入院中の患者を除く)に対する脳血管疾患等リハビリテーション、廃用症候群リハビリテーション、運動器リハビリテーションについては、これらの評価を適正化しつつ、原則として平成 30 年3月までの実施とする。




引用終わり




これは、




物療や13単位縛りのリハで通っていた高齢者は、どんどん介護保険に移行して、医療保険を使わせるな!!
これ、再来年までに完了しろよ!!




と、いうことだと私は解釈しています。




いやー、時代が変わるかも知れんな!!




今後のリハビリ業界が楽しみだわ!!
いつの間にかPTの免許を取り2年の歳月が経ち、あっという間に3年目に突入。




とりあえず、勉強をしていく中でどんな患者が来ても大丈夫なくらいにはなってきた。




重度麻痺でもある程度何とかなるし。




ただ、弛緩系はきついなあ。




回復期の性質上、最長半年で何とか生活できるレベルまで上げなくてはいけないというね。




帰った後に妥協なきのような場所でしっかりと治す必要がある。




回復期というの入っていられる期間が決まっているので、逆算していかなくてはいけない。




ある程度の麻痺なら何とかなる。装具なしでいける。




ただ、完璧までとはいかない。しっかりと麻痺を治すのには年単位まだ必要だ。




発症してから半年という期間。発症後急性期の期間を考えれば、安定するまで約1ヶ月。そこからだと単純に考えても5ヶ月。




急性期で余計なこともされているからなかなかに難しい。




結局は役割分担化しないといけないな。




今の保険制度では、完璧に機能を改善するまで自分のところにいられないからな。




まあ、家帰ってからも、自分がそこの家にいきゃ別だけど。そこまで成人にはなりきれん。




でも、そこらの雑魚セラピストのりは受けるよりはよっぽど良くできるけど。




雑魚と比較しちゃいかんか(笑




まだまだ腕は未熟だが、それでも前へ前へ。




少しでも腕を磨き、自分へ、身近な人へ、知人へ、社会へ、還元していこう。
 訪問ありがとうございます。




どんな疾患でもそうだが、この考えは特に片麻痺の方には重視している。




それは何か。




ひとつは、徹底的にコンディショニングを行うこと。




頭蓋から手指足趾までしっかりと。




ここで言うコンディショニングは、筋緊張を落とす。ということではなく、適切に筋出力を出せる状態にすることだ。




つまり、骨格は解剖的機能肢位に近づけ、内臓は元の位置へ。




筋緊張は高くもなく低くもなく。




これに近づけないと、身体を動かそうとしたときに、何かが邪魔をしてくるし、その邪魔の連鎖は代償動作を生んでくる。




だから、その土台作りは必須項目。




その手技は自由。これは逆にこれ!!と決めないほうがいい。人を見るんだから、あってる手技も違ってくるよね。




そして次が重要。




それは、「自己認識力を高める」ということ




これがなかなかに難しい。




なぜかといえば、健常人ですら、自分の感覚と運動が乖離している人が多いのに、それを感覚鈍麻している片麻痺の方に認識してもらわなければならないからだ。




そして、残念なことに、これはモチベーションが低い人間には全然効いてこない。




これを解消するためには、インフォームドコンセントと、コーチングスキルがかなり必要だと思う。




モチベーションが高いひとは大体ついてこれるけれども、低い人はのせるのが難しいからね。




あきらめてしまっている人もいるくらいだし。




あとは受動的な訓練してる人ね。




このふたパターンはめちゃくちゃきつい。




先週もフォローで二人ほど入ったが、モチベーション高かった人は、著明な分廻しは30分くらいで、分廻しなくなって、認識するということに気付いたから、そこから廊下歩いているところを見ても、まったく出現しない。




逆にモチベーションが低かった人は、なんだかんだ理由つけて頭を使うことを放棄してしまったから、その場では良くなったが、次の日には元通り。




これはもともとの担当がこうしてしまったのが大きいんだけどな。




マジでクソやな。




依存的な関係にしてしまったということだけで、改善度の上限を決めてしまった。




その人の考えから抜け出せるのは、多分退院後になるやろうな。




セラピストが作った改善度の上限。




はあぁ。
俺のこの仕事はいくらでも楽ができる。




時間が過ぎればお役御免。




しっかりお代をいただきます。




そうではいけないと思った人間が勉強をするけれども、勉強しても減るのは自分の金ばかり。




だから勉強しない雑魚がほとんどのこの業界です。




俺が勉強している理由は、以前書いてるから割愛。




さて、タイトルの句は高杉晋作の辞世の句とされているものの上の句。




この世の中の全てがこれにあてはまめることができる。




どんな事象でも、自分が面白くないように感じれば面白くないし、面白いと感じれば面白い。




それは誰にも左右されない自分自身の心、想いだ。




興味が出れば追いたくなる。その好奇心は、全ての事象を人に還元できるように俺に情報をくれるんだ。




何が言いたいかっていうと、上辺だけ勉強してやった気になってるやつは、面白きこともなく世を面白く生きてない。人から借りた、もしくはもらったことで満足している薄っぺらい感じのやつだということだ。




そこでの情報をそのまま受け取るほどもったいないことはない。




その情報に何が隠されているのかを考えて受け取る必要があるということ。





それだけ言いたかった。




ではまた。
セラピスト二年目が、ほんとうに光のように早く過ぎ去っていった気がする。




ひたすら、金を注ぎ込み、時間を使い込み、情熱をかたむけた。




おかげで、私の腕はそこらへんのてきとーにやってる雑魚セラピストが20年かけていくくらいのレベルにはなった。




雑魚と比べてもしょうがないが、最前線を戦っているセラピストの背中の面影くらいは見えるようにはなったのだろう。




まだまだ、道途上。今年一年で学べなかったものもかなりの量がある。




しかし、この二年足らずで急性期、回復期、生活期、全てを経験したことは、今後のセラピストとしての武器になるだろう。




そして、一般の人もガンガン治療を始めている。




慢性腰痛、肩こり、五十肩、坐骨神経痛、生理不順、生理痛、メニエール、花粉症




このくらいの疾患なら、余裕を持って治療をすることができるようになっている。




少しも怖くはない。




人をみるという点では、なんら変わりがないから。




脳血管障害だろうが、運動器だろうが、呼吸器だろうが、心血管だろうがなんら変わらない。




俺が見るのは人だ。




これはセラピストである限り続く。




疾患でもない、関節でもない、筋でもない、内臓でもない、頭蓋でもない、膜でもない、メンタルでもない。




俺の仕事は、人を見続けていくことだ。




そのために、来年も俺は走り続けるし、進化し続けるだろう。




というわけで、今年もすべての人にありがとう。すべての人に明日からの2015年もよろしく。
 今所属しているのは通所なんだが、今日は、久しぶりの病棟(回復期)のフォローがあった。




疾患は一人目が右視床出血。




安静度は病棟内独歩レベルも体幹のコアが効いていない症例。感覚は重度鈍麻、痺れが強い、間腓側の体幹の立ち直りが出ない(担当セラピスト談)




状態をみてみると、感覚は中等度鈍麻、痺れは左半身全て、DFLが硬く、LL優位での外転歩行。片脚立位は麻痺側は今までは最長5秒。




自分がアプローチしたのは、DFL・LLのリリース、足底への感覚入力と認識訓練。




で、終了




それだけで、片脚立位10秒、立ち直り左右差なし、外転歩行消失。




もう少し、骨盤の動きから腸腰筋が使えてくるように学習させれば、大分良くなるだろう。




感覚についてはもう少しみていく必要があるかなあ。頭蓋も硬膜もめっちゃ硬くて、第一次呼吸は本当に弱かったから、徐々に出してあげる必要がある感じ。




二人目が左大腿骨頚部骨折。骨折後股関節屈曲MMT2レベル、SLR自動にて0°の方。




この方の場合には、安静時表在筋の筋緊張は問題なし。




ただし、DFLはやはり硬く、股関節運動時にはLL・SFL・DFLにて、骨盤から体幹への協調性が低下していた。




そのため、腸腰筋と腰方形筋をリリース。




それだけで自動でのSLR45°まで可能に。




そこから、LL・SFL・DFLの筋間のリリース。




それでさらにSLR65°まで可能。




片脚立位も5秒まで可能に。




歩行時の遊脚も改善。




患者さんが一番驚いていました。




今日は仕事した気がする。




やはり、目の前で自分がよくなっているのを感じると、モチベーションが一気に高くなるね。




ちょっと今まで入っていたセラピストには毒吐きたくなるけどさ・・・




まあ、今日俺が入ったから、ここから良くなるでしょ。




一応カルテにも書いといたし(読む可能性は限りなく低いが)




いい予行ができたな!!