サウナが大好きな主人公、田中誠一は、毎日欠かさずに近所のサウナに通っていた。誠一にとってサウナは一日の疲れを癒すだけでなく、心をリセットする大切な時間だった。仕事が終わるとすぐにサウナへ向かい、決まった手順で汗を流すのが彼の日課だった。まずはシャワーで体を清め、それからサウナ室に入る。じわじわと体に汗がにじみ出てくる感覚が、彼にとって至福のひとときだった。
その日も、いつもと同じようにサウナ室に入った誠一は、静かに目を閉じてリラックスしていた。サウナ室の中は薄暗く、熱気が全身を包み込む。心地よい疲労感とともに、頭の中は空っぽになり、時間の感覚さえも消え去っていった。誠一は、これこそが自分の「特別な時間」だと感じていた。
しばらくして、そろそろサウナを出て水風呂に入ろうと決めた誠一は、ゆっくりと立ち上がった。体が軽くなり、熱でほてった肌に冷たい水が染み渡る瞬間を想像しながら、扉へと歩み寄る。しかし、その瞬間、異変に気が付いた。扉が重い。いや、それ以上に、扉がまったく動かないのだ。
誠一は戸惑い、もう一度力を込めて扉を押してみたが、びくともしない。まるで扉が何かに固定されているかのようだった。冷や汗が背中を伝い、心臓の鼓動が一気に早まる。誠一は、サウナの扉がこんなにも重く感じたことは一度もなかった。焦りが彼を包み込み、もう一度、今度は全力で扉を押し開けようと試みる。しかし、結果は同じだった。扉はまったく開かなかった。
「なんだ…どうして開かないんだ?」誠一は自分に問いかけた。しかし、答えは見つからない。普段は静かに心を落ち着かせてくれるサウナ室が、今ではまるで閉じ込められた牢獄のように感じられた。心臓の鼓動がますます速くなり、汗が滝のように流れ始める。これはサウナの熱による汗ではなく、恐怖と不安が混じった冷たい汗だった。
誠一はサウナ室の中を見回した。いつも見慣れた木製のベンチ、壁に掛かった温度計、そして薄暗い照明。すべてが変わらないはずなのに、そのすべてが今は異様に感じられた。どうにかしてこの状況を打破しようと、彼は扉を叩き始めた。「誰か、助けてくれ!扉が開かないんだ!」声が乾いた喉から絞り出され、サウナ室内に響き渡る。しかし、外からの反応はない。まるで自分が別の世界に閉じ込められたかのような錯覚に陥る。
時間がどれだけ経ったのか、誠一にはわからなかった。熱気が容赦なく彼の体力を奪っていく。水分を補給することもできず、体力が徐々に限界に達していくのを感じた。呼吸も浅くなり、視界が揺らぎ始める。彼はついに力尽き、サウナのベンチに腰を下ろした。思考が鈍くなり、意識が遠のいていく。もうこのまま眠ってしまいたいという衝動に駆られるが、どこかで「眠ってはいけない」と自分に言い聞かせる声が聞こえた。
その時、突然、サウナの扉が音もなく開いた。誠一は信じられない思いで顔を上げ、外の世界を見た。そこには見慣れた脱衣所が広がっていた。どうやら偶然、外にいたスタッフがサウナ室を確認し、開けてくれたらしい。誠一はよろよろと立ち上がり、脱衣所へと足を運んだ。冷たい空気が彼の体を包み込み、一瞬にして意識がはっきりと戻ってきた。
「大丈夫ですか?」スタッフが心配そうに声をかける。誠一は頷きながらも、心の中では一つの決意を固めていた。サウナは好きだが、これからはもっと慎重に楽しむべきだと。命の危険を感じたこの経験は、彼にとって忘れられないものとなった。そして、その日を境に、誠一はサウナへ行く頻度を少しだけ減らすことにした。