三菱自動車の最高級クラス車として昭和38年この世に生を授かった「デボネア」。 僕の元にやってきたのはちょうど今から10年前で、昭和56年式組の彼は当時26歳。 僕は昭和57年生まれで当時25歳だった。 「走るシーラカンス」の愛称で親しまれ(実際のところあまり売れ行きが芳しくなく、但し三菱グループの役員専用車として一定の販売があったため、ほとんどリニューアルが行われなかったためだと言われてる)一時代を築いていた彼は、埼玉県の絶版中古車専門店に眠っていたところに僕と運命的な出逢いをしたんだった(楽天市場でね)。 このひとつしか歳の違わない相棒との10年間。思い出は数知れない。 エンジンが掛からない、走ってる途中に急に機能停止したこと数知れず、一度は走行中にブレーキが効かなくなりさすがに慌てたことも。 JAFのコールセンターなんてもう常連顔馴染みだ。 しかしさすがは日本メーカーの高級車。 肝心要のエンジンはこれまで異変をきたしたことはない。 昭和のあの時代にも関わらず窓はパワーウインドウ(手でまわすやつじゃないんだよ)、そしてパワーステアリング(ハンドル全然重くないんだって)。変速機はコラム式のオートマで、ライトを点灯させるにはボタンを捻るんじゃなくて引くんだ。その他よくわからないボタンが無数にある。カーラジオは聴けるがもちろんこの時代にCDはない、あるのはカセットテープだ。トランクだって広々、ゴルフバッグ3つは優に入れることができる。僕以外の人間に運転させると決まって故障するような可愛らしいおこがある。ただ燃費3km/ℓってとこだけがちょっとだけ玉にキズかな。 幾人もが僕らを振り返り、羨望の眼差しを送ったもんだ。 そんな彼も今年(平成29年)で36歳。僕は35歳になった。お互い白いものも目立つように、ではなく、彼は茶色いサビが目立つようになった(板金しろよ) **** 33歳で結婚したときさすがにこのまま彼との生活を続けるか迷った(ほんの少しだけね) しかし、僕の奥さんの素晴らしい理解のもとこの関係を続けることができた。今では息子用のチャイルドシートもつけて走り続けている。(デボにチャイルドシートはなかなかおらんぞ) そんな僕らにもついに『コンビ解散』の文字がちらつき始めた。 きっかけは、僕らが出逢ったときから既に顕在化していたある問題。 臭いものにフタをするようにお互い目を背けていた。それは・・・・ 『クーラーまったく効かない問題』 それまではどんなに夏が暑くても窓あけておけば涼しい風が吹いてくるし、寒い冬はダウンコート着ておけばなんの問題もなかった。 ・・・1人でこのクルマに乗ることに限れば、だ ある日、猛暑の中で家族ドライブをしていたときのこと。 ふと運転席からウヒャウヒャ声が聞こえ、あぁ今日も息子(コウシロウ)はゴキゲンだなと思いながら不意に後部座席を見ると、なんと汗ダックダクで顔は茹であがってしまってるではないか! このユデシロウとなった息子を見て、さらに、隣でアタフタしてる奥さんを見て、さすがに 「ダメだこりゃ」 と思い1年以内の『解散』を決意したのでした。 **** 正直まだ次の引き取り手は見つかっていません。 願わくば、僕が愛したそれ以上の想いで付き合ってくれる、新しいオーナーさんが見つかればいいなと思っています。 寂しくはありますが、ここに10年を共に過ごした思い出の写真アルバムを残したいと思います。 山本”デボネア”憲司 #デボネア #三菱 #旧車

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