神谷清話
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ある法話より


 とある宗派の僧侶がその資格を取るために本山で行われる『修練』と呼ばれる、言うなれば教育実習での出来事。

ーーーーーーーーー

 机の上には一本のバナナが置いてありました。

静かに教導と呼ばれる先生が私達に問いかけました。

『このバナナを見て…泣けますか?』

30人いる修行僧たちの反応はさまざまでした。キョトンとする者、考え出す者、びっくりする者、バカらしいと怒り出す者、はては笑い出す者までいました。ひと通り修行僧たちの反応を見終わった後、先生はまた静かに話始めました。

『このバナナを誰が収穫しているか知っていますか?10歳前後の子供たちが収穫しているのですよ。学校にも行かず。いえ、行けずに。貧困に悩むこの国(バナナの原産国)では、そんな年齢の子供たちも働かなくては生活できないのです。

そして…その子供たちの何人かは、バナナの木の下で死んでいるのです。餓死して…。

そのバナナを食べればいいじゃないか!!

そう思うでしょ?

でも、そのバナナを食べる訳にはいかないのです。

その国は日本からたくさんのお金を借りています。

そのお金を返すために、バナナを日本に輸出しているのです。だから…子供たちはどんなにお腹が空いても、そのバナナを口に入れるわけにはいかないのです。

そうやって収穫されたのが今、目の前にある一本のバナナです』

『もう一度聞きます。このバナナ見て泣けますか?』

もう誰も、怒り出す者も笑う者もいませんでした。ただ言葉も出ず、黙っているだけでした…。

しばらく間を置いて、先生が再び話始めました。

泣けないことを責めるのではないのです。怒るのも、笑うのも責めるつもりもありません。

ただ…知って置いて欲しいのです。

『知らないということは…こんなことなのですよ』と云うことを…

通夜の夜の兄弟

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母の通夜の夜、私は母の祭壇を見つめていた。何かを察したのか、兄が私の横に来て母の遺影を見つめて呟いた。

「なんか、信じられないな」

母の遺影の前に、母がこの世に残した息子二人が佇んでいる。母との思い出をポツリポツリと話してる。

母はそんな息子二人の姿を、斎場のどこかで目を細めて見てたに違いない。

少なくとも私は母の息子として、兄の弟としてこの世に生まれた事を心の底から感謝している。今はただ母に感謝するのみ。

今日はそんな母の誕生日。

仏壇に母の好きだった薔薇とかすみ草の花束を。

母がいなくなって3か月が経とうとしているけど…

やっぱり寂しいよ、お母さん。

母との最後の食事

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昨日、無事「四十九日」を終えた。まだ母がいない実家はなんとなく馴染めない。

母は専業主婦だったから私が子供の頃も社会人になっても家に帰ると必ず母が「おかえり」を言ってくれた。毎日毎晩。あの家には母が居て「当然」だった。だからその「当然」は無くなった事に戸惑ってばかりなのだ。

母はインスタント食品を私や兄に与えなかった。自分が体調を崩しても私達の食事を作ってた。今の食を見ていると、母と暮らしていたあの頃の食事は「贅沢」で「幸せ」で何より「愛」だらけだった。毎日手料理を食べられていたなんて今では考えられないこと。

母と最後に食事したのが実家の近所にある蕎麦屋で私と母が同じメニューを頼んだ。

カレー南蛮蕎麦。

口の中に腫瘍があって口が痛かったはずなのにカレー南蛮蕎麦を母が頼んだから私は
「はぁ?大丈夫かぁ?」
案の定、半分ばかり食べて残してた。母は体が温まった事で満足気。

その翌日、母は突然……

四十九日が終わると一応ひと段落つく。日常を取り戻していつも通りのリズムで時間を経過させていく。

でも…。

また今日もカレー南蛮蕎麦を食べてしまった。母との最後に行ったあの蕎麦屋のあのカレー南蛮蕎麦を。

そしてマザコンアラフィフオヤジは今夜も母の写真に話しかけて一日を終えるのです。
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