(A)20111107elucidation | 講師対談 〜僕らの学問〜

講師対談 〜僕らの学問〜

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[Hiroyuki Jofuku 2011.11.07]


いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中にいとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり。はじめよりわらはと思ひあがりたまへる御かたがた、めざましきものにおとしめそねみたまふ。

A long time ago in a certain reign, there was a maid of honor who, though not of very high rank, went over the heads of all the other ladies-in-waiting to enjoy an exceptional favor of the Emperor. Ladies in the imperial household, each self-conceitedly believing, I am the only one to deserve HIS favor, had a total contempt for, and felt intense jealousy toward, the "privileged" maid who they decided was a disgusting fellow.
(昔々ある帝の御世に、それはそれは帝の寵愛を受けた女官がいました。彼女はそんなに高い身分の出ではなかったのですが、他の女官たちを差し置いて、帝から格別の好意を受けていました。宮廷の女官たちはそれぞれが「私こそが帝の寵愛に値するはず」と思い上がって考えているところがあって、そのため彼女たちが嫌な奴と決めてかかったその「特権階級の」女官をひどく軽蔑したり妬んだりしたのでした。)


まさか、冒頭を出してくるとは。実は源氏物語には、数々の名訳があって、それと並べられると僕の英訳のショボさが際立つから嫌なんですよね。実は、下に引用しますが、Seidenstickerの訳とWaleyの訳は昔分析したことがあって、どっちも冒頭の部分は覚えてたんですよね。だから、多分に影響されている部分がありますが、盗作のつもりはありません。あと、今回はかなり長文になりますので、頑張って読んで下さい。
まず、目が肥える前に僕の英文の解説をしておきましょう(笑)はじめにお断りしておきますが、「女御」や「更衣」といったいわゆる階級を英訳することはできません。それぞれの翻訳家たちも、三者三様の訳出をしているのですが、変に書くと官職名から離れてしまったり(Tyler訳:更衣=Intimates(主に性的なつき合いをする異性))、逆に官職名の原義を記述するだけ(Waley訳:更衣=gentlewomen of the Wardrobe(衣装係の女官)) になったりします。その意味で、Seidenstickerのように、あえて「女官」とだけ表現する方が、変に冗長にならなくて良いように思います。僕の訳でも、そのスタイルを踏襲しました。その上で僕の英文の解説をしていきますね。
まず、冒頭が一番苦労しましたね。「いずれの御時にか」は一般には「誰の御代だったかは忘れちゃったけど」みたいな解釈をされると思うのですが、その後にガッツリ帝の話なんですよね。忘れた帝を急に思いだしたの?と不思議な感じがします。だから、大胆すぎる感じもしますが、「今は昔」的なオープニングにしました。あくまで、「いずれの御時にか」はミステリアスなオープニングのためのエフェクトであるという捉え方です。この辺り、どうなんだろう?やりすぎですかね?城福先生コメントお願いします。そして、ミステリアスつながりで、there構文によるオープニングです。a maid of honorは最上位の女官を指す表現で、特別ひいきにされている桐壺を最も忠実に描写しうる英語表現だと思います。関係詞以降に分詞構文の挿入をしていますが、要するにthough she was not of very high rankです。ofが意外と難しいと思うのですが、大丈夫でしょうか。SVCのCに名詞を置く場合に割とよくつかわれる形で、そこまで深刻に考えるものでもないのかもしれませんが、本質的にはof+抽象名詞の形で使うofの一緒で、名詞を性質化、プロパティー化するという役割を担っています。それを、高い身分の「出」であるというニュアンスに合わせて使っています。2文目にも分詞構文を使っています。僕はホントに分詞構文さんにお世話になっています。日本語を英語に訳したときに、原文にあった「間」というか「しなやかさ」というかそういうものがかき消えて、なんともパキパキしたリズムになってしまうのが嫌で、僕はよく分詞構文を使います。この分詞構文中のeachは代名詞ですよ。この例のように複数形の主語の文にeachを主語と置き直した分詞構文の句を挿入的に入れる書き方は結構便利です。それなら最初からeach ladyとすればもっと読みやすくなるんじゃない?と思われる人もいるかもしれませんが、本編での対比はあくまで「桐壺vsその他大勢」なのでやはりここはladiesでないと本文の世界観とズレます。その後にあるI am ~は人称の面でも時制の面でもミスってるんじゃないの?と思われるかも知れませんが、もちろんわざとです。直接話法を引用符なく文の中に埋め込むという小説体に特有の話法を使っています。こういう特殊な話法は是非とも文法書などでチェックしてみてください。ただ、間違っても小説体以外の英文で使ってはいけませんよ。あと文法上のポイントといえば述語動詞をブロックを揃えて並列していること(→こういうのはリズム的にすごく大切だったりするのでその方向でボキャビルしてくださいね)と最後の連鎖関係詞(→decideのthat節動詞としての用法は意外と知られていないので要チェックです)くらいですかね。

さて、最後に、Waley(1926)、Seidensticker(1976)、Tyler(2001)の三者による名訳を紹介しておきます。ただ、今手元にはSeidenstickerしかないので、他の2者は本当に冒頭の一文だけで、以下割愛とします。

Arthur Waley: "At the Court of an Emperor (he lived it matters not when) there was among the many gentlewomen of the Wardrobe and Chamber one, who though she was not of very high rank was favored far beyond all the rest."
→非常に賛否両論の英訳です。原文から離れすぎていると酷評されることも多い訳ですが、僕は一番好きですね。翻訳とは書き手の言い足りていない部分を補完するという作業を含むべきだというのが僕の持論ですが、最もその方向を強く押し出した訳と言えると思います。

Edward Seidensticker: "In a certain reign there was a lady not of the first rank whom the emperor loved more than any of the others. The grand ladies with high ambitions thought her a presumptuous upstart, and lesser ladies were still more resentful."
→言わずと知れた、サイデンスデッカーさんですね。最初の訳例とは対象的に、こちらは原文に忠実な訳として高い評価を得ています。でも、僕は個人的にすごく淡白で物足りない感じがします。さらに、2文目の解釈は間違っているのではないかと思います。桐壺が「思い上がって」いることになってますね。「思い上がって」の対訳は最初のgrandのつもりかもしれませんが、presumptuousは文字通り「思い上がった」という意味なので、明らかに曖昧です。そして、最後も、なぜlesser ladiesならstill moreという展開にしたのかが謎です。ここは、僕が古文をちゃんと理解できていないのかもしれませんが。

Royall Tyler: "In a certain reign (whose can it have been?) someone of no very great rank, among all His Majesty’s Consorts and Intimates, enjoyed exceptional favor."
→この訳の存在は全然知りませんでした。随分最近のもののようですが、それだけに、なーんかトーンが軽くて嫌です。「陛下の嫁とセフレがやぁ~」みたいな感じ?まあ、そうかもしれんけど…もうちょっとねぇ。