数日前まで自分は
“お金を払って”学習をさせてもらうという社会的立場で存在していた
四月が始まり
“お金をもらって”人のために、何より自分にために働家内といけない
立場に入った
労働は権利でもあり、義務でもあるのだ
この労働をめぐり
人は小さなときから
ものも言えない、言ってしまえばこの世の陽を見ないうちに
いや、母が母になる前から「自分に子供ができたら医者、弁護士、公務員にならせたい」言う
こんなことを耳が痛いほどに言われ
行きたくもない塾に行かされ
成績が上がらなければ心の自由、時間まで自分の親という支配者に奪われ
何年かに一度自分の“学歴”に桜が咲くのか否かを
試され、試され、試され
最終的にその者の人生を振り分けられるのが世の中、世の常である
それに付け加えそもそも
自分の物心がついていないうちに
親のBMWに乗せられ私立幼稚園にいき
エスカレーター方式で学歴を修め、楽々とBMWの新車を買うのが
一族の流れという者も居れば
お金が十分になく、子供を就学させるのに精一杯
食べさせるのに精一杯の者もいる
ここで自分の話をさせてもらうとしたら
自分は後者である
片親でBMWにも、私立幼稚園にも縁はなかった
ただ、縁がなかったからこそ
そんな暮らしに憧れる感情も強いのかもしれない
田舎で生まれ育ち、親を泣かせ足らない頭で泣く泣く私立高校を強いられた私が
一等地に住み、私立中学をでて一流の大学にて学を修めた彼といたときに
思ったことが
彼には、いや他の母親も家で一日中働かずに
有名私立中学を出るほどの人たちを見ると
負けん気、ハングリー精神が足りない
「財布に余裕があれば、心にも余裕がある…」
ここで注意してもらいたいのが
そんな人が多いってだけで
すべての人ではない、しかし9割というのは譲れない
富裕層に対しての妬みでもなんでもなく
自分の思った感想
だからこそ
最近のゆとり世代、今はそれを超えて
無欲、無関心の「悟り世代」と言われている中
負けず嫌い、ハングリー精神をもっている自分を
誇りに思うとするか
上記に書いてあるように
自分はとある田舎に生まれ、新車のBMWともはたまた
Mercedes-Benzとも縁がなかった
そのせいか生まれて物心がないうちから
医者になれ、医者になれ
と言われるが
何分一人っ子のんびりと
誰に成績を負けようがへらへら宿題を出さずに
夏休みの最終日に多忙なデスクワークと
その後ろから怒号を浴びせられるような少女であった
それからのらりくらりと市立の中学に行き、
さんざんな目に遭い(のちに詳細)
行きたくもない私立高校に入れられ
苦痛な3年間を迎え(のちに詳細)
故郷を捨て
大阪のとある私立大学に出てきた
どうしてそんな経緯に至ったのかは
また今度お話ししよう
長文になってしまったのだが
自分のブログ、そして社会人としての
これをもってプロローグとしよう