ぼくらの成功哲学
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マイナス感情への対応

「ムカつく」とか「イラつく」という言葉、
あるいはそのような感情があります。

誰もが日々の生活の中で少なからず感じるものでしょう。

口癖のように「ムカつく、ムカつく」という人もいます。
僕はあまり何かにムカついたりイラついたりする方ではありませんが、
まったくないわけではありません。
人間ですから、当然ですよね。

僕はムカっときたり、イラっときたとき、
いつも「あ、今ムカついてるよなあ」と、
客観的に観察している自分がいることに気が付きます。

気が付くということは、さらに客観視している自分が、
もう1人いることになります。

竜宮虎書では、これを「俯瞰法」と呼んでいます。
マイナスの感情を感じている自分を俯瞰で眺めることで、
そのマイナス感情を潜在意識に刻印させない方法です。
あるいは、すでに刻印されたマイナス感情を追い出す方法でもあります。

究極の俯瞰法は俯瞰で眺めている自分を、
さらに俯瞰で眺めることだそうです。

マイナス感情を持つことは、人間であれば仕方のないこと。
要はマイナス感情を潜在意識にさえ入れさせなければ良い、
というのが竜宮虎書の教えです。

退くか、やるかの判断

成功するまで、決してあきらめないこと。
失敗や敗北をしても、願望の維持をやめてしまわないこと。

多くの成功法則、いや、それ以外のものでも、
耳タコのように言われている内容ですよね。
いい言葉、感動の台詞のように道徳的に使われることもあります。

確かに、多くの人たちが成功していない理由の最たるものとして、
願望達成を途中で断念してしまうことが挙げられるでしょう。

やめてしまえば、その願望はそこで終わり。当然の流れですよね。

「大きな成功は敗北感に屈してしばらく経ったときにやってくる」
500人以上の成功者がそう語ったと、成功哲学にもあります。
だから、一時の敗北だけで全てを投げ出すな、というわけです。

しかし、この「決してあきらめない」を取り違えると困ったことも起こります。
「あきらめなければ、あの子と結ばれる」と思いつめ、
猛進してストーカーになられては、たまったものではありませんよね。

間違った方向をひたすら進んでも、達成は遠のくばかり。

自分が今やっていることは、もしかしたら間違っているのでは?
とあなたは悩んだことはありませんか?

では、今自分が進んでいる方向が間違っているかどうかは、
どうやって判断すればいいのでしょうか?

これを知っていると知らないとでは大違いですよね。
だって、安心して今やっていることに思う存分打ち込めるわけですから。

おっと、知らない人もいるかも知れませんので、一応書いておきます。
簡単に言えば、それをやってあなたがイイ人になれるかどうかです。
ちょっと大雑把に言い過ぎたでしょうか?
も少し言うと、達成したとき周りの人々が笑顔かどうか、とも言えますね。

退き際を知る方法と言うよりも、やり続けるための裏付け
の意味合いが強いかも知れませんね。

行動前の本当の行動をするには?

何をすればいいかは分かっている。知識は十分にある。
行動に移し、続けてさえいれば、願望は達成できる。

嫌と言うほど分かっているはずなのに、気が付けば三日坊主。

これまでの習慣を打破して、成功への行動を定着させるのは、
なかなか容易にはいかないのではないでしょうか?

これこそ最も難しい、成功のための実践前の
本当の行動なのかも知れません。

人が本気になって行動するためには何が必要なのでしょうか?
これこれをやりなさい!と言われて、さっとやり続けられるほど、
人は簡単ではありません。困ったもんです。
あなたの場合はどうでしょうか?

この辺りに焦点を当てて、はっきりと論じている成功法則を
あまり見たことがありませんが、ないわけではありません。
その解明へのキーワードは、どの成功法則でも出てくるので、
気が付いた人は十分に分かっていることでしょう。

しかし、意識している人は少ないかも知れません。
無意識に理解し、行動できる人とできない人に分かれていく。

あなたを圧倒的な行動に駆り立てる原動力となるものは何でしょうか?
この原動力によって強力な集中力を得ることができる。
その集中力があなたの行動を圧倒的なものにする。
そして、圧倒的な行動によってあなたの願望は達成される。

この原動力の源となるものとは、「感情」です。

ただの失敗か?隠れたチャンスか?

願望は当初の願望とは異なった結果として実現することがよくある。
自分が思い描いていたものたは違う形で現れ、
まったく思いもよらなかった方向から開かれるものであるという。

意外なとろこからやってくるというだけでなく、
むしろ不運や一時的な敗北の影に隠れてやってくる。

何が結果的に願望実現となるのか見極めるのは、
そう容易にはいかないかもしれません。

ですから、どんな些細な失敗や不快感であっても、
もしかしたら、これがチャンスなのかも、
と総当り的に思うようにすれば、
いつか本当の扉にぶつかるのかも知れません。

「この失敗(敗北)はチャンスの別の姿なのでは…?」
この発想法は、数々の成功法則で、
もれなく挙げられている手法の一つですよね。

そうかーー!!と納得して、直ちに実践し、
達成するまで絶え間なく思い続けられる人は少ないかと思いますが。

この手法を知って間もないときは、ちゃんと発想できることでしょう。

しかし、失敗が続いたり、その後音沙汰ない状態が続いたりすると、
やっぱり、ふてくされてしまう人も多いかと思います。

でも、ここでふてくされてしまうようじゃ、まだまだですよね。
負の感情が沸きあがりそうになったら、
すぐさまそれをストップして、感情を客観視し、
淡々と成功への道程を見据え直す。

感情ってやつは正常な意思判断を鈍らせますから、
これは気をつけなければなりませんね。

人間は何かを本気でやればそれは必ず実現する

本気になること。
これは願望達成の究極とも言える方法、
というか、条件と言えるかも知れません。

成功哲学では、この例として、
エジソンと共同事業を実現した男の話が出てきます。

彼は真底そうしようと望み、そして実現させました。
彼の願望は極めて明確でした。
彼の決意はとても強いものでした。

ここで、不動の信念、強い意欲が人生を大きく左右し、
この脳力は誰もが持っている、ということが述べられています。

これらの力がとても大切なことは、よ~っく分かります。
この域に到達しさえすれば、どんな願望も叶うことでしょう。

しかし、ここで些細でありながらも、重大な疑問が沸いてきます。
どうすれば、不動の信念が得られるのか?
どうすれば、強い意欲を持つことができるのか?

この力はふとしたときに突然やってくるものなのか?
そんな悠長な待ちの姿勢では、一生やってこないかも知れません。

それよりも、自分の意志によって意識的に、
強大な信念、強力な意欲を自分のものにできたとしたら、
どんなにいいか知れません。

どうすれば、人は本気になれるのか?
ぼくは、それを考えるようになりました。

本当に欲するものに臆病になることはない

自分の欲しいものは何だろう?と考えたとき、
やっぱりお金や異性といったことが真っ先に頭に浮かんできちゃいます。

こういったものを欲っしているんだと、大っぴらに言うことに対して、
嫌悪感を抱いたり、否定したりする人がいます。

でも、欲しいんだからしょうがいないですよね。
欲望にフタをして、キレイなことを並べたところで、
本当にその願いは叶うのでしょうか?
本気でその願望に向かっていけるのでしょうか?

本当に本当に欲しいものだからこそ、
人は本気になれるんだと思います。

ぼくは欲しているのなら、声を大にして言いたいです。
富が欲しい!地位が欲しい!名声が欲しい!などと。
だって人間だもの~(笑)

もちろん、これらは最終的な願望にとっての手段に過ぎません。
その先にあるのは、それを使って、多くの人々を助けたい!
多くの人々を幸せにしたい!といったことです。

それこそキレイ事じゃん!と言われるかも知れません。

しかし、何もぼくは、自分自身を犠牲にしようと
しているわけではありません。

ぼくももちろん十分以上に得たものを使って幸せを謳歌しますよ。
でっかい家にも住むし、贅沢な美味い物だって食べます。
そして、ぼくに関わる全ての人々と、その恩恵を分かち合って、
楽しく生きていきたいと思っています。

お金が欲しい!イイ女(男)が欲しい!
だってしょうがないじゃん!欲しいもんは欲しいんですから!
ごく自然な願望だと思います。

でも、これだけはおさえておいて欲しいのです。
それが他人に幸せをもたらせる願望かどうかを。

他人を傷つけたり、他人に不幸をもたらすような
邪悪な願望を持つことの、なんと悲しいことか。

その願望が叶ったとき、周りの人々に笑顔があるかどうか。
とても大事なことだと思います。

本当に誰でも成功できる方法はあるのか?

成功哲学に示される様々なアイデアやノウハウは、
実際に実行されなければ意味のないものです。

しかし、読んだ人全てがそれを実行するわけではありません。
本当に実行したなら、世の中に成功者が激増してるはずです。
間違いなく、それだけ強力な手法ではあります。
なのに、本当に実行する人、いや、実行できる人は一握りです。

なぜでしょうか?
誰でも成功者になれる方法論であるはずなのに、
実質誰でも成功者になるわけではないのです。
学んだことを実際に実行した人だけが成功者になれるのです。
実行しなかった人はそのままです。

僕が初めて成功哲学に触れたときに率直に感じたことは、
これはできない人とできる人がいるな、ということでした。

その人の能力の問題ではありません。
成功哲学に問題があるわけでもありません。

ぼくは、感じた違和感のようなものを模索するようになりました。
本当に普通の極端ではない中間の人が、淡々と実践することによって、
次第に成功者への道を歩んでいけるような方法はないものかと。
本当にどんな誰でも実行できる成功哲学とは?

本当にそんな方法はあるのでしょうか?
ぼくはあると思います。

ぼくは現在成功者ではありません。
しかし、将来成功者になるつもりでいます。
実践を通して成功者になっていく過程を、
楽しみながら観察していきたいと思っています。
そして、様々な疑問を紐解く解決の糸口を
ここに書いていきたいと思います。

トランキライザー

自己啓発書の類を読むと、テンションが上がりますよね。
何だか居ても立ってもいられなくて、行動したくてたまらなくなります。

でも、実際に行動が起こせないまま、
次第に下がっていくテンションをほったらかしにしてしまう人は、
多いのではないでしょうか?

この状態になってしまうような本を、
トランキライザー(精神安定剤)と言います。

トランキライザーでしかないのなら、何も自己啓発書でなくても、
別世界を楽しめるような小説の類でも構わないはずです。

何のために自己啓発書を読むのでしょうか?
そこから何かを学ぶためではありませんか?

しかし、自分のやる気を持続させるのは、結構難しいものです。
それを何とか解決する方法はないものか?と考えた結果、
出てきた単純な答えがこれです。

毎日読み続けること。

人間とは困ったもので、同じ本を何度も読み続けると、
贅沢なことに飽きてしまいます。
トランキライザーとしての効き目が薄れ、免疫ができるようなものです。
ですから、さらに付け加えるとこうなります。

毎日異なる本を読み続けること。

1日で1冊以上読むのは、速読ができれば別ですが、
時間的に容易ではないでしょう。
それに、自己啓発書の類は、読んでは立ち止まり、
考えては読み、の繰り返しですから、時間がかかるものです。

ですから、毎日というのはそのままの意味で捉えないでくださいね。
要は、常に次から次へと違う本を読み続ければいいのです。

ぼくは読みたい本がいっぱいあります。
しかし、読むのが非常に遅いので、
気持ちと読む量が全然追いつきません。

あなたは、どれだけの本を読んでいますか?
どれだけの本を読みたいですか?

宝探し

同じ自己啓発書を読んだとしても、
人によってその価値の見出し方や吸収の度合い、
自分への置き換え方は、全くと言っていいほど違うことでしょう。

良い本にはページの隅から隅まで、
そこら中に見出すべき宝の原石が散りばめられています。

これはある意味、宝探しのようなものです。
どんなすごい宝を見つけるかは、本当に自分次第です。
ここで最初の自分の力が試されているとも言えるかも知れません。

あなたが見つけられなかった宝を、
他の人は見つけられていたとしたら、あなたはどう思いますか?

他の誰にも見つけられなかった宝を、
あなただけが見つけていたとしたら、あなたは何を感じますか?

ぼくは、まだまだ探険、探求が浅いかも知れません。
もっともっと、ワクワクするようなすごい何かを
発見し損ねているかも知れません。
それを思うと、居ても立ってもいられません。
ありったけの力を以って、冒険の旅に挑んでいきたいと思っています。

良い自己啓発書とは?

巷には本当にたくさんの自己啓発書の類がありますよね。
本屋さんをうろうろするたびに、いろいろな観点から
著されたものを見つけては、感心してしまいます。

「思考は現実化する」の中で、
ふさわしい自己啓発書について触れられています。

簡単に言えば、
実際に成功した人が書いたものこそ読むに値する、とのことです。

著者の実体験が示してあり、読者の心と感情に訴えるもの。
その人は成功の代価を惜しみなく払った人であり、
読者を導き、共に歩んでくれる存在でもあると。

ぼくもこのような良書を座右の書として見習いたいものです。

ぼくの現在の最もお気に入りは、杉崎仁志 著の「竜宮虎書」です。
残念ながら、これは書店で購入することができません。
通信講座ですが、現在は講座も閉鎖してしまいました。
本当に残念であります。
ですが、この本の内容の一部を著したものが、
書籍として販売されています。
そちらで、この成功法則の一端に触れることができます。

逆に、気をつけるべき本として挙げられるのが、
机上の空論を説くもの、評論家が気取って書いたもの、
といったところだそうです。気をつけねば!!