
家の回りには杉の木だらけ

おまけに今日は春を思わせる暖かくも強い風。
まだ今年は見ていませんが風が強い日は杉のの葉から花粉が舞う瞬間がみれます。
その時期になると車も家の屋根も真っ黄色になります

コンビニ寄ってマスク買おっ





昨日は柏の友達からの支援物資の配送、ボランティアに岩手県野田村に行ってきました。
前日娘に手伝ってもらった物資が後部座席にいっぱい。
朝、農業の仕事を終え仲間の待つ待ち合わせ場所に向けて出発しました。
前回は日にちがずれ娘と2人での参加でしたが今回日曜日班は5人。
先週受け取れなかったプレートを貰い私の車と軽トラ1台で野田に向かいました。
着いて最初の作業は仕分けした物資の搬入。
物によっては受け取らない物もあるんじゃないかと思いましたがすべてOK との事で一安心。
本部で次の作業を聞いてきたリーダーの指示に従い流れ着いた物の片付けに入りました。
場所は野田村の生涯学習支援センター。
入り口が本、書類、木材、家具、泥で埋まっていました。
午前中は八戸から来たボランティアの方と軽トラ2台で置き場まで運び午後からは私たちのグループで作業をしました。
ちょっと休憩のときに裏へ行くと私が高校のときに通っていた住宅地の変わり果てた姿に言葉を失いました。
この画像の奥に堤防があるのですが私が通っていたときは家が建っており全く見えなかったのですがまさかこの場所から見えるなんて想像もつきませんでした。
学校帰りによってあったかい牛乳を飲んだ銭湯、毎日遊びに行った友達の下宿舎も無くなっていました。
ここは壊れた家、家電を仮置きしている場所です。
少なくも高さ10mは積み重ねてあり奥行きは数十メートルあります。
ここに住んでいた皆さんの財産だったと思うと看板の「瓦礫仮置き場」というのが心痛く思いました。
作業中、村の職員が来て「高校生の子を借りて行きたい」との事。
娘は作業内容を聞く前にひとつ返事。
流され拾った写真を洗って持ち主が持っていけるように張り出しする作業との事。
探しに来て自分の家族の写真を見つける人もいたらしくその喜んだ顔を見たら冷たい水洗いも苦にならなかったといってました。
またこの日は高校生が少なくテレビの取材にも仕方なく応じたとの事でした。
作業する場所が村役場の前で食料の支給、地方から来た飲食店(田楽、ピザ、豚肉のバラ焼き)様の支援もおこなっていたのですが避難生活をしている方、家はあるがライフラインすべてを使えない方が一日中並んでいました。
大分食料は間に合ってきたみたいではありますが早く家族だけの食事の時間を取れる日が来ればと思いました。
今回から久慈 音楽でまちづくり協議会でのボランティア活動。
気の合う仲間たちでの作業で声も気軽に掛け合えるため作業もスムーズで今後の解体作業で大型トラックが入れるスペースを作ることができました。
作業終了後は今回のリーダー宅に集まり反省会、今後のチャリティーライブ、また今後のボランティア活動について話し合いました。
ボランティア活動は土日、5~6人は常に参加して隣の野田村にとどまらず復興するまで他の地域にも行こうと話が進んでます。
チャリティーライブについてはみんなの集まる道の駅が有力でバンドだけではなくみんなが楽しめるようにコーラス隊、ブラスバンドも一緒になってやろうと言う方向になりました。
最後にこの時計は私たちが作業した建物の中にありました。
津波の被害でおそらく解体されます。
でもこの時計、正確な時間を刻んでました。
時は着々と進んでいます。
私たちも復興に向けて仲間たちと頑張りたいと思います。