入院 再開発工事して来ます。
出産でも、逃げ込みでも無いよ。
来週月曜日から二週間ほど入院してきます。
今度のミッションは「特に障害にならないし、ほっといても外見が悪いだけ、でも当たると痛いから腫瘍切るよ」オペ。
コレは過去に、妊婦のような左薬指、アヤシイ左手の生命線、3つめの乳首、頭のたんこぶジャナイ、なんちゃってナンノのホクロを切ったのと同じタイプのもの。
蛇足
たんこぶジャナイ君は、開頭する時邪魔だったので切ったという、道路工事の時に立ち退き、メインイベントですらなかった。\(^o^)/
入院 再開発工事して来ます。
出産でも、逃げ込みでも無いよ。
来週月曜日から二週間ほど入院してきます。
今度のミッションは「特に障害にならないし、ほっといても外見が悪いだけ、でも当たると痛いから腫瘍切るよ」オペ。
コレは過去に、妊婦のような左薬指、アヤシイ左手の生命線、3つめの乳首、頭のたんこぶジャナイ、なんちゃってナンノのホクロを切ったのと同じタイプのもの。
蛇足
たんこぶジャナイ君は、開頭する時邪魔だったので切ったという、道路工事の時に立ち退き、メインイベントですらなかった。\(^o^)/
指が鉤爪のようになり、ウォーズマンの手。
最近顔を洗うのに、ほっぺたに引っかき傷を作るようになった。
麻痺してるから痛くないし、気付きもしない。大事になったら、面倒くさいので、傷付かないように手の甲で洗う事にした。
これって、アニマルプラネットでよく見るなぁ。野生動物がよくやる。
そっか彼らも鋭い爪を避けてる、当然だ。
よし、ライオン洗いと名付けよう。
世はバブル真っ盛り、 コンピューター業界は理系だろうと、文系だろうと採用して、のちに本人も周りも困らせることになる。
ちなみにこの業界に限ったことではないと思うが、当時から今まで人手不足じゃなかった事は無い。ブラックとか、就職氷河期とかは皆無だったと思う、少なくとも二度就職活動してるけど私は感じた事無し。
横浜のIT会社に就職、手帳は見せたので障害者枠だったのかな。
横浜で仕事すると思ったら、新人研修後戸塚に出向、戸塚勤務に。
入社時にCOBOLだと思ってたのにÇ。
「はじめてのÇ」というある種エッチな本を元町で読むという、伝統をやり、戸塚では某大手Hの社員になり、某大手Nの仕事をする。
これが大人かと思いつつ、仕事し、ひとり暮らし。
難聴になっていたが、FAXもあるし、身体は動く、大丈夫まだやれろる。
箱型補聴器を付けだした頃、会社の開発本部長から「お客さんと話せないSEはいらない」と言われ、拾ってくれたのはある営業部、ここでPCを使った後方からの営業支援と、新規開拓。
しばらくして...
私は初の開頭オペで腫瘍を取れるだけ取った。
次の日から歩けるってしあわせ。
小河等さんが、お亡くなりになったのは、当時とっていたトウチゥを家族が持ってきてくれて、病院のベッドで知り号泣。
阪神大震災は覚えてるから、その後就職してから8年が過ぎ、けい椎腫瘍 で絶望的になり、オペ前に退職。
当時は自暴自棄になっていたこともあり、まともな挨拶ができなかった。
その後、この事業所は特例子会社になったそうで、上司は会長に。
会社に、みなさんに幸あれ。
私は聴覚障害2級となる。
まぁ足がちょっと悪く、耳が聞こえないだけ、大丈夫まだいける。
to be Continued
f then else 2
中学生になり、映画に興味を持ち出すと、映画監督に憧れるが、大卒と聞き「はい、消えた」
主要五教科がだめというか興味ない、そもそも生きる上で古文、微分積分、科学記号、誰が何年に産まれ何かやったは必要ないだろという、クソヤロー(笑)腫瘍のせいでも無い、うん。
ても、本当に必要なかった
、必要があれば調べれば良いなだけ、記憶に頼る事じゃない、多感な時期に無駄な事するって不幸、と思う。
くだらない話はおいといて、中学だったか高校のときに
扁桃腺切った
急性肝炎やった
腰が痛いと言ったら、レントゲンとって異常なし、神経質と言われ成長痛と言われた。
別のドクターに当時珍しく、大きな病院にしかなかったCTを勧められ、造影剤入れてやっと分かった、脊髄腫瘍発見。
これは高3の夏に切除、一ヶ月食事も、トイレも寝たきり。
ヘビーだぜ。
左下肢麻痺4級の身体障害者誕生
出席日数が足りず、就職も無し。
そりゃそうだ、工業高校卒で休みが多いのは傷物、欠陥品に等しい。留年の選択肢もあったが、選ばず専門学校へ。
ここでまたもや脱線。
専門学校とは、認可された学校で、それなりの規定がある。私が行ってたのは専門学院だった。
当然認可されてないから、卒業しても何も無し。
しかし、千駄ヶ谷の本店(こっちは認可された専門学校)から卒業証書が出ているというインチキ、これがバレて大騒ぎ、新聞にも載った。
しかし、ありがたいことに会社は内定取り消しにもならず無事に入社。
ちなみに、この二年間何も得るものが無く、強いて言えばdBASE3+にさわれてよかったと、ビデオレンタル店でバイトしたくらい。
この時見た映画「バッグマン家の人々」は、今でも、いや一生忘れない。
夫(スティーブ・マーチン)と妻(メアリー・スティーンバージェン)のバックマン家は、問題の多い人ばかりで、大変な毎日。
頭を抱え、悩む夫に妻が言った言葉
私はメリーゴーランドより
ジェットコースターのほうが好きよ
コメディで、号泣した作品はこれが初めて。まさに私の人生もこんな感じで、苦労して登ったらスト~ンと落とされる。
とはいえ、当時はまだまだ夢も希望もあった。左足がちょっと悪いだけ。
走る、重い荷物を持つという仕事でも無い。まだやれる。
かもしれない
to be Continued
if then else
どんなプログラム言語にもある分岐、もし〜ばこうする、そうでなければこうする。
人生にifはないけど今迄の事を思い出しながら、書いていこうと思う。
同じような症状に悩む人や、これからの人の少しでも助けになれば嬉しいです。
念の為に言っておきます。
過去のこの選択がいけなかった、この人が悪いなどはこれっぽっちも思って無いので、余計な詮索はしないで下さいお願いします。
ではあらためて
1970/02/13
多発性 神経線維腫症2型
四肢麻痺1級
聴覚障害2級
視覚障害1級
1-2-1でテンポはいいし、良性腫瘍では死なないが、腫瘍が出来て、それが何かしらの邪魔をし機能障害になる、治療法は無いので切るだけ、切るといっても腫瘍「だけ」は無理なのでイイのも一緒に切る。
良性でもなんでもないし、迷惑この上ない。まるで真綿で首を絞めるようにジワジワと.....
まぁとりあえず生きてます、遺伝子疾患だけど、家族は問題なし。
本当に良かった、こんな思いさせたくない、突然変異なんでしょう、良い方に変異すれば良かったのに...
これも、if 。
勿論子供も作っで無いのでこのまま死に、増やさない、数が減って研究速度に影響するかもしれないが、これだけはどうしても前向きになれない。
子供もそう、「あなたの子供なら大丈夫」と言われた事もあるし、そう「かも」しれない。
ただやれない事多いし、チャレンジすら出来ない事も多い。
そして本来負わなくて良いものたくさん、それが死ぬまで続く。
これを我が子には無理。
ある知人障害者から「それって自分の存在を否定してるよね」と言われたが、まあそれでもいいです。
言うまでもない事ですが、「それは違うだろ」という考えを否定しないし、幸せになった人もたくさん知ってます。
そういえば、番号は違うけど遺伝子疾患の人と一緒だった事がある。
遺伝子疾患コンビだった、彼は元気かなぁ、多分元気。
さて、ふり返ってみよう、まずは幼年期。
まぁ元気な子でした。
横浜らしくない山奥で、すくすくと育ち、障害のカケラもない子供。
半ズボンを履いた写真がたくさんある、もれなく右足の方がめくれ上がってる、これは母が気にしていた事だが、当時太さは変わらず、違和感も痛みも無いし、歩き方もなんともないし、スキップも出来たし、自転車もこげた。
もしかしたら.....今考えると.....
左足が右足より動いてなかった
.....かもしれない
もちろんそんなことはわからないし、どうにも出来ない。
小学生時代は特に何事も無くすごし、将来は刑事になりたいという、太陽にほえろ!や、西部警察が好きな少年でした。
ただのデキモノ
脇腹のデキモノはほっておいても何とも無いが、当たると痛い。見栄えは乳首なので、着替える時やプールなどで、「おっぱい3つある〜」とからかわれた。
まぁ小学生なんてそんなもんです。
これと左手の腫瘍はは何かの入院中「ついでに」切った。
小学生の時は見てくれはともかく、機能障害もない、特に何もなくふつーに過ごした。
見てくれより、使い勝手重視をモットーとするのは、この時形成されたの「かも」しれない。
to be Continued