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「…益々の発展を祈念し、答辞と致します。令和5年2月28日。卒業生代表、仁科真凛」
条先生の眼差しに緊張しながらなんとか答辞を読み終えると、先生は黙ってパイプ椅子から立ち上がった。
ポケットに手を入れたまま階段を上り、壇上の私のそばに立つ。
ふわっと条先生のいい匂いが漂う。
先生は私の手から答辞を取ると、それを広げて、「いい?」と私を見た。
キラキラした目にドキッとする。
「まず、姿勢」
と言って背筋を伸ばす。私は先生に倣って隣でシャンと姿勢を正す。
先生が手に持った答辞を読み始める。
「梅の蕾もほころび、寒さの中にも、春の息吹が感じられるようになりました」
先生の声で読まれる答辞…。なんか新鮮。でも、案外、いい。黒のジャケットが似合う大人の色気ダダ漏れな人なのに、声に少年っぽさがあるからかな。
「……御来賓の皆様」
先生はそこで顔を上げた。
「で、来賓席見る」
と片眉上げて私を見た。
「はい」
私は先生と一緒に左側にある来賓席に目をやった。
「校長先生はじめとする先生方、で、教員席」
「はい」
今度は右。
「保護者の皆様、在校生の皆さん、で、後ろの方」
先生が片手を前に出し、私はその先を見渡す。
「はい」
「卒業生一同、心より御礼申し上げます」
先生はそこまで読むと、
「で、一礼」
と頭を下げた。
「はい」
「軽くでいいから」
「はい」
「ここまで、やって」
と、答辞を手渡された。
ウソ⁈こんな細切れの指導なの⁈私、いつ帰れるの?
と、そこへ健ちゃん先生が現れた。
ミントグリーンのパーカーに白のパンツ。パーカーが大き過ぎるのか健ちゃん先生の顔が小さ過ぎるのか…どっちにしろ、ビジュアルが二次元。
私の隣で佐久間先生が、キャッ♡って、飛び跳ね、健ちゃん先生に手を振った。
健ちゃん先生は髪をかき上げながら大股で花道を歩いて来る。
それを見て、条先生が、
「カッコつけやがって」
と呟いた。
すると佐久間先生が、
「カッコつけてんじゃなくて、カッコいいんですよ!健ちゃん先生は!」
と抗議した。
「俺は?」
「いや、条先生ももちろんカッコいいですよ!」
「どっちがカッコいい?」
「いや、どっちって…え?」
ふふ。条先生、佐久間先生を困らせて楽しんでる…。
「どっちもですよ!条先生は条先生で大人の色気が半端無いじゃないっすか。で、健ちゃん先生は、あの、見た目は可愛いんですけど中身はめちゃくちゃ男らしいってか…」
すると、階段を上っていた健ちゃん先生が、
「お前はなんの話をしてるんだよ。佐久間」
と言って佐久間先生の隣に立った。
「答辞の指導じゃないの?え?答辞の指導でなんで条が可愛いだの俺が色っぽいだの」
「いや、逆、逆!可愛いのは健ちゃん先生で、色気があるのが、条先生」
「え?そうなの?じゃ、俺には色気は無いわけ?」
「いや、あります、あります!」
「じゃ、あってんじゃん」
「あってます、あってます。でも、どっちかって言うと色気では条先生が勝るっていうか…」
「あ、そう。じゃ、俺帰るわ」
「なんで?待って待って!」
「条に指導してもらえばいいじゃん。2人もいらないでしょ」
「いや、なんで拗ねるんですか!条先生、数学!健ちゃん先生、国語だから!指導して下さい。お願いします!」