13
雨…雨…雨。降りしきる雨。
長野は椅子に縛り付けられたまま12月の雨に打たれていた。
体は凍てつき、意識は朦朧として、夢か現か判然としない。頭をよぎるのは、自分の死と、そして凛子のことだった。
もしも自分の命と引き換えに凛子が救われるというなら、長野は喜んで命を差し出しただろう。
暴力団を相手にかなり危険な橋を渡ってきた長野には、とうに死の覚悟はできていた。だから、死を恐れることはない。
長野が恐れることは…
「お凛さん…」
頼りになる情報屋で、いつも献身的に長野に協力してくれた凛子。そして、時に甘えたり拗ねたりしてみせては長野を振り向かせようとした凛子。
凛子の表情、声、話し方、癖。長野に寄り添ってくるときの体の温もり。ホステスとして仕事に出るときの香水と、そうでないときの香水の違い。
長野の凛子に関する記憶は、恐ろしく細かくそして鮮明だった。むろん、そのわけを長野自身は知っていた。
が、長野が凛子になびくことはなかった。
どこでどんな恨みを買っていてもおかしくない職業。それが刑事というものだ。だから、長野は恋人や家族を作らなかった。もしも長野に愛する者がいたら、その者たちにまで危険が及ぶに違いないからだ。
愛する者の命を守る。
そのために、長野は凛子を愛さなかった。
いや、もっと正確に言うなら、凛子に愛を示さなかった。
だが、もしも凛子の命が奪われるようなことがあったなら、長野の自制は全く無意味だったということになる。
全くバカな男だと長野は自嘲した。
森田に自白剤を打たれたものの、2日間はなんとか持ち堪えた。が、今日の午後になってついに洗いざらい話してしまった。
「イブって…今日じゃねーか」という森田の呟きで、今日がその日だと知った。
念のために送っておいたあの荷物が役に立つといいのだが…。
どうか、逃げてくれ。お凛さん。
愛する者を持たぬと決めた自分に、愛を示してくれた人。
徐々に、意識が遠のいていく。
雨音が小さくなり、雨粒があたる感覚も、消えていった。
もはや、寒さも何も感じない。
何も見えず、何も聞こえない。
ああ…これが死というものか。
案外、苦しくないものだな…。
さようなら…お凛さん。
あなたに会えて、幸せでした。