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坂本が振り向くと、ドアのところにカーキ色のモッズコートを着たひとりの男性客が立っていた。
「いらっしゃいませ」
にこやかに迎えたが、男の方は坂本を無視して、凛子を見ていた。
「……」
男は傘がなかったのか、フードを被っている。そのフードの端からパーマをかけた髪がのぞいていた。どこか世を拗ねたような雰囲気が漂っている。
凛子を見る男の目が鋭く光った。が、凛子はその客には目もくれず、急足でドアに向かった。
男の方は自分の横を通り過ぎる凛子をじっと目で追った。
揺れるピアス。アップにした髪。白いうなじ。背は凛子の方が高い。ファーコートの毛が男のコートに触れそうになった瞬間、目が合った。
凛子は無意識に流し目で男を見た。そして、すぐに目を逸らしてドアを押した。冷気に身をすくめる。
男は、首を回して、ドアから出て行こうとする凛子の後ろ姿を見送る。と、ふいに、男は踵を返した。
凛子の後ろ姿がドアの向こうに消えかかった瞬間、男は床を蹴った。
が…
パシッ!
男の腕を捕らえたのは、坂本だった。
森田は振り向いて坂本を見た。
「何すんだよ」
「彼女のお知り合いですか?」
「は?」
「失礼ですが、お仕事は?」
「離せよっ」
「ラーメン屋さん…ではないですよね?」
「は⁇ふざけんな!離せっつってんだろ!」
「せっかくいらっしゃったのに、何も飲まずに帰るんですか?いったいうちに何しに…」
「離せっ‼︎」
ガッ…!
森田の一発が坂本をぶっ飛ばした。坂本は床に倒れ込み、客が悲鳴を上げた。
森田はその隙にドアに向かって駆け出した。
坂本はよろよろと立ち上がると、カップル客に、
「ああ…すみません…。今日は…もう閉店にしますんで…お勘定はけっこうですから」
と言うが早いか、森田の後を追って走り出した。
外に出ると、走っている森田の後ろ姿があった。その向こうには、タクシーを拾おうと通りに立っている凛子。傘は挿していない。
「お客さん!後ろ!」
坂本の叫び声に凛子が振り向いた。凛子は自分に向かって走ってくる森田を認めると、ハッとして逃げ出した。
「待てっ!」
しかし、すぐに追いつかれてしまった。凛子はとっさにキャリーバッグをブン!と放り投げた。それにぶつかり森田が転びそうになる。バランスを失った森田の後ろから坂本の手が伸びてくる。
坂本は森田のフードを掴んで後方に引きずり倒した。
バシャン!
水溜りに森田が尻餅をついた。
坂本は駆け出して凛子に追いつくと、
「こっちへ!」
と凛子の手を引いて走った。
「待て!」
森田はすぐに立ち上がって、ふたりを追いかけた。