イノッチと学生時代の思い出話で盛り上がった。さんざん笑って、涙まで出た。
「俺たち、やばい!お茶で宴会できるね」
「だよねー?最高だね」
「いや、若菜最高だよ。マジで」
こんなに気が合って楽しくて…ずっと好きだったのに、私たちは友達以上になることはなかった。
イノッチは、私の気持ちに気付いてなかったのかな。
私がずっと独身なのは、イノッチ以上の人に出会えなかったからだ。
「あぁ…」
やっと笑いが収まって、一瞬部屋が静かになった。
風で窓がガタガタ鳴った。雨粒が激しくぶつかる音もする。
「ハハ…台風よりうるさいね。俺たち」
「ふふ。ほんと」
イノッチはソファの背にもたれて、膝の間で組んだ手を見つめた。
「ああ…寂しくなるなぁ…」
ドキッとした。
急にうつむいて、しんみりとそんなこと言わないで。
「詩乃のことをこうやってさ、一緒に笑って思い出せるじゃん?若菜とは」
ああ…そっちかあ。
「柚乃がいるじゃん。詩乃の妹なんだし、私なんかより…」
「ああ…そうだね。でも共通の話題はやっぱり若菜の方が多いよ。学生時代一緒に過ごした仲だからね…」
イノッチは膝に肘をついて、組んだ手をじっと見つめている。
その視線の先に詩乃を思い描いてるんだろうか。
…切ない。
「今でも…好き?詩乃のこと」
すると、イノッチはパッと顔を上げた。
その真剣な眼差しにドキッとする。
「…好きだよ」
面と向かって真面目な顔で言われて…
詩乃のことなのに、自分が言われたみたいにカッと顔が熱くなった。
まずい!絶対赤面してる!
なのに、イノッチは私をからかわずにまだじっと見つめている。
「……//」
やっぱり…イノッチはカッコいい。
あんなにひょうきんなのに、いきなりこんな…。ずるいよ。顔から火が出そう。
何赤くなってんだよ!って指差してからかってよ。じゃないと、どうやってごまかせばいいの?
イノッチが好きだ。
ずっと好きだった。
詩乃が好きになるより早く…好きになってたんだよ?
ダメだ。思いが溢れて…イノッチに私の気持ちがバレてしまう。
しばらくして、イノッチが口を開いた。
「だけど、詩乃はもういない」
そんな切なそうな顔しないで。詩乃の代わりになれるなら、なってあげたいよ。私だって。
「ありがとう。若菜。詩乃がいなくなってから、若菜の存在にずっと救われてた」
イノッチの誠意と優しさが伝わってくる。大好きなイノッチの笑顔。
限界だった。
私の目から涙があふれた。
「イノッチ…好きだったの。ずっと…っ…好きだった」
イノッチは少し驚いた顔をした。
「好きだったんだよ。詩乃が見つけるより先に…っ…私が見つけたの!イノッチを」
「若菜…」
「イノッチのせいで…私、婚期逃したんだよ?」
イノッチは組んだ手を開いたり閉じたりしながら、しばらく黙っていた。
それから顔を上げて、ニコッと笑った。
「でも、若菜ならきっといい出会いがある」
ああ…。
「イギリスで?」
「すげーイケメンに出会えるかも」
「…イノッチみたいな薄い顔がタイプなの」
「そっか…。え?それって、俺がイケメンじゃないってこと?まあ、そうだよな。俺イケメンって言われたことない。イクメンならあるけど」
「両方だよ。イノッチはイケメンのイクメンだよ」
「マジか。そんなこと言ってくれんの若菜だけだな」
「イノッチ…!」
私は涙に濡れた顔を上げた。
「イノッチ…私の一生のお願い聞いてくれる?」
「一生のお願い?」
真面目に取っていいのか、笑いに持って行った方がいいのか、イノッチはリアクションに戸惑って微笑んだ。
「こっち…」
私はイノッチの手を取って立ち上がった。
「なに?」
私はイノッチと向い合うと、一歩踏み込み、思い切っていきなりその体に抱きついた。
「抱きしめて!」
「うわっ⁇ちょっと若菜⁇」
「恥ずかしいから、はやく!」
「え⁈…い、いいの?」
「いいの!」
痩せていると思ったけど、やっぱり男の人だ。腕を回すと想像以上に厚みがあった。胸板だけじゃなくお腹も硬く、かっちりしていた。
イノッチはそっと私の背中に腕を回した。イノッチの清潔な匂いにふわっと包み込まれる。
…優しい。じんとする。涙が出る。
男の人に抱きしめられるのは久しぶりだった。
「もっと強く…」
そう言うと、ギュッと抱きしめてくれる。
「もっと…。私を詩乃だと思って」
すると、イノッチは一瞬ためらった後、思い切りギュッと力を入れた。
息苦しいくらいに強く抱きしめられて、その力強さにハッとした。
詩乃はこんなふうに愛されていたんだ。
詩乃の前で、イノッチは男だった。
私の知らないイノッチ…。
胸が…ドキドキする。