「あ、そう」
「『あ、そう』じゃねーよ。言えよ」
「酔っ払ってるからさ、今、俺」
「俺もだよ」
「変なこと言っちゃうかも」
「だから言いかけてやめたの?」
「たぶん、そう」
しばらく、黙って歩く。
「なに?」
健がチラッと俺を見る。
「え?」
「だから言いかけてやめたこと」
「だから、やめたんだって」
「言えって!言っちゃった方がいいよそういうのは。酔った勢いでさ。どうせ俺も酔っ払ってるから、今がチャンス!」
「なんで?」
「聞いても、明日には忘れてるから」
「酔ってるから?」
「うん」
「そっか」
「うん」
なんか笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんだよ」
「いやいや…」
「早く言っちゃえ!」
「なんだっけなぁ…」
「え?」
「何言おうとしたか、忘れちゃったよ」
「は?ふざけんなよ。この酔っ払いが」
健がドン!と肩をぶつける。
「痛い痛い!」
よろけて肩を抑えると、また健が体当たりしてきた。
「危ない危ない!お前、こっち溝!溝に落っこちるだろ!」
「落ちろ落ちろ!」
うっれしそうにニコニコしやがって。こっちまで笑けてくるじゃねーか。
「危ないっつってんだろぉ!」
バカみたいにケラケラ笑いながら押し合いっこをして…側から見たら俺たちどうしようもない酔っ払いだぜ。
しばらくして、笑いもおさまった頃、健が自転車に跨った。
「じゃ、そろそろ乗ってくわ。奥さんより遅くなるのも嫌だからさ。ありがとな。付き合ってくれて」
「べつに」
礼を言われることじゃない。俺がそうしたくてそうしたんだから、礼を言われると、健のためにしたみたいで、照れ臭くなる。
健が片足をペダルにかけて、空を見上げた。
こんなに明るい夜なのに、強い光を放つ星は見える。
「なぁ…条」
「ん?」
「世の中はさ、ほんとはてんでバッラバラな偶然が、ばら撒かれてるだけなんだよな。この星みたいにさ」
「……どうした?大丈夫か?まだ酔いが覚めてないんじゃ…」
「このバッラバラな星をさぁ…昔の人は線で繋いでそこに意味を見出そうとしたんだよな」
「星座のこと?」
「うん。ほんとは線なんてないのに…」
健は続けた。
「そんなふうにさ、関係をつけたがるんだよな。人間って。ほんとはただの偶然が重なっただけなのに、そこに因果関係を見つけたり、それを必然だとか運命だとか思ったりしてさ…」