触れたくて 16 感情のアップダウン | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

*本日2話目の更新です。




からどうぞ。









「上がれよ」


と言われたけど、上がれなかった。



一人暮らしのこの部屋で、きっと条くんは千帆さんに毎日語りかけてる。心の中で。「行ってきます」と「ただいま」だけじゃなく…。

千帆さんの写真を見て、泣くこともあるかもしれない。


条くんの悲しみは
心の中の千帆さんが受け止めて、

心の中の千帆さんが
条くんを慰めてる。



なのに、ほんとの条くんを引き出したいとか、条くんを慰めたいとか思って、ここまでやって来た自分が、恥ずかしい。



『あの人、たぶんこれからも桜ちゃんを翻弄し続けるよ。それでもいいの?』


瀬名さんの言う通りだ。


こんな激しい感情のアップダウン…。


例えば、私が来る前に千帆さんの写真を隠したりすることもできたはずで…だけどそうしない条くんがいかにも条くんらしくて…。


いつも自然体だから。これが俺だからって、ありのままの自分を見せることが条くんの誠意だってわかってる。


わかってるけど…


条くん、怖いよ。部屋に上がってこれ以上千帆さんのカケラを、踏み込めないふたりの時間を、見せつけられるのが…怖い。



「上がって?」


条くんはスリッパを出すと、踵を返してさっさとリビングの方へ歩き出した。


ついて来いと言わんばかりのいつもの態度。



「…条くん!」


「今日は帰る」って言おうとしたけど、振り向いた条くんの目に逆らえなかった。


条くんは、無言で顎をしゃくった。


私は仕方なく靴を脱いで部屋に上がった。




あまり周りを見ないようにして、ソファに座った。


目の前に食べかけのお弁当があった。


条くんは、「食っちゃっていい?」と言ってパクパク食べた。


…早い。


仕事ができる人はご飯を食べるのも早いって誰かに聞いたことあるけど…。



「ごちそうさま」って手を合わせてお弁当の空き箱を持って立ち上がった。


条くんの動きを目で追うついでにリビングやキッチンを見てしまった。

でも、千帆さんのカケラは見当たらなかった。相変わらず物が少なくてシンプルで片付いた、条くんらしい部屋だった。


私は少しほっとした。


条くんが玄関からビールを持って来て、少し距離を置いて、私の隣に座った。


「え?それ、もう飲んじゃうの?」


「ダメ?」


「早いよ。千帆さんのなのに」


「だってお前が飲もうと思って持ってきたやつだろ?」


「でも、千帆さんに」


「いいじゃん。飲めないんだから」


「気持ちの問題でしょ?」


「気持ちの問題だから」


条くんはグラスをふたつテーブルに置いて、プルタブに指をかけた。


「ふたりで飲もう」



ふたりで…。



プシュ…ッ!


「わっ⁇」


開けた瞬間、白い泡が噴き出して、テーブルにビールが零れ落ちた。


「きゃっ…」


「布巾、布巾!」


条くんが濡れた両手を前に出して、キッチンの方を顎で指した。

私は布巾を取りに行って、ひとつを条くんに渡し、もうひとつの布巾でテーブルを拭いた。


「ああ、びっくりしたぁ」



「ごめんなさい」


「なんでこんな…」



「走って来たから…」



早く条くんに会いたい一心で、ビールが鞄に入ってることも忘れて、夜道を駆けた。

あのときの高揚した気持ちは、今はもう…萎んでしまった…。


テーブルを拭く手が止まった。



「…桜…」



さっき堪えた涙がまた出てきそうになったから、私はさっと立ち上がって、布巾を洗いにキッチンへ向かった。


条くんの視線が追ってくるのを感じた。