エレベーターの前で立ち止まり、ボタンを押して、条くんが振り向いた。
「花見、まだやってんの?」
「うん」
「抜けて来たの?」
「…っていうか、戻らなかったの」
「…ああ」
条くんの後について、やってきたエレベーターに乗った。
狭いエレベーターの中で条くんとふたりきりになった。
階数表示を見る条くんの横顔。綺麗な二重まぶた。尖った喉仏。
あんまり静かで…私のドキドキが聞こえちゃうんじゃないかと思うと、よけいドキドキした。
ふいに、条くんが、
「戻らなくてよかったの?」
って私を見た。
ぼうっと見惚れてたから、私はちょっと慌てた。
「あ…うん。瀬名さんが『行って来たら?』って。『みんなには適当に言っとくから』って」
条くんは顔をしかめて、
「だったら最初からそう言えばいいじゃん。5分とかせこいこと言わずにさぁ」
って呟いて、また階数表示に目をやった。
…確かに。
条くんの部屋のあるフロアに着いて、エレベーターを降りた。
前を歩く条くんの背中。
これから条くんの部屋で、条くんと一緒にビールを飲んで…
一緒に笑って、そして…一緒に泣けるといい。
条くんが少しでも慰められれば、それでいい。
そのために、来たんだもん。
条くんが玄関のドアを開けて、
「どうぞ。上がって?」
って言って私が中に入るまでドアを押さえててくれた。
私は条くんの体に触れないように身を縮めた。条くんの胸が目の前にあって、条くんの匂いがした。
条くんに抱きしめられた記憶が一瞬よみがえって、胸がキュッとなった。
でも次の瞬間、条くんが動いて、私の視界が開けた。と同時に、パッと靴箱の上に立てかけてある写真が目に飛び込んできた。
それは、千帆さんの写真だった。
考えてみれば予想されたことなのに、条くんと会える嬉しさで一杯になっていた私は、不意を突かれて、動揺した。
綺麗な千帆さんの笑顔。
写真の前に置かれた桜の小枝。
『ただいま。千帆』
そう言って優しく写真に微笑みかけて、桜の小枝を置く条くんが目に浮かんだ。
ふたりの間で積み重ねられた
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「ただいま」
「おかえり」
それが分厚い層になって私の前に立ちはだかった。