桜の蕾 29 永訣 | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

*本日2話目の更新です。いよいよです。




からどうぞ。












そのとき、ドアが開いて、桃ちゃんが飛び込んできた。


「ママ…っ!」


条くんが桃ちゃんに場所を譲った。


「桃…」


「ママ!」


「答辞…立派だったわ」


「見れたの?」


条くんが私が動画を撮って見せたことを説明した。桃ちゃんは私にお礼を言って、また千帆さんに向き直った。


もう目を開けていられるのもやっとの千帆さんの左手が動いた。


千帆さんは両手を差し出して、桃ちゃんをそっとハグした。




「桃…ありがとう。ママの宝物。…世界で一番…誰よりも…桃が好き」




そう言って、千帆さんは瞼を閉じた。目尻から涙が一筋こぼれ落ちた。



力なく、華奢な白い手が桃ちゃんから離れた。


「ママ…っ‼︎」


桃ちゃんは千帆さんに覆いかぶさった。


ママ、ママ…と、何度呼ばれても、千帆さんはもう目を覚まさなかった。


条くんが後ろから桃ちゃんの両肩に手を置いて、千帆さんの顔を覗き込んだ。



「千帆…頑張ったな…。ありがとう…」




目を閉じた千帆さんの顔には、苦痛の色も悲しみの影も浮かんでなかった。



二度と開くことのないその瞼の裏に、きっと映っていたのは、条くんと桃ちゃん。



俯いて片手で口を押さえてボロボロ泣いてる条くんの瞼の裏にも…きっと千帆さんが映っていて…


千帆さんとの思い出が

条くんを悲しませるのではなく、

条くんを強くすることを、

きっと千帆さんは願っているだろう。





***



いいって言ったのに、条くんが私を病棟の玄関まで送ってくれた。



「桜、ありがとう。ごめんな…卒業式、来れなかったな」


条くん…目が真っ赤。


「ううん。そんなこと…。ほんとに、もう何も手伝わなくて、大丈夫?」



「ありがとう…」


条くんは鼻をすすって、横を向いた。


はあ、とため息をついて足元を見る。それから、ポケットに両手を突っ込んで、チラッと上目遣いで私を見た。


何か言いかけて、声を詰まらせ…片手で口元を覆って目を閉じる。


しばらくして、パッと手を離すと、私を見て笑顔を作った。



「もう…いいよ。あと、こっちでやるから」



それからまた俯いた。



「色々…ほんと…迷惑かけて…」



涙の跡を指で拭う条くんが小さい子供みたいで…

たまんないよ。条くん。


ギュッと抱きしめたい…。


抱きしめて…いい?


…ダメ?


千帆さんの条くんだから…やっぱりダメだよね…?




「覚悟は…してたんだけどな…」



唇を噛んで俯いた。



と、そのとき、



「条!」



って声がして、振り向くと、件先生が向こうから走って来るのが見えた。




「…健…っ」



件先生を見たとたん、条くんの顔がクシャッと崩れた。


件先生は何のためらいもなく、勢いよくガバッと条くんを抱きしめた。


条くんも件先生の背中に腕を回して、二人は固く抱き合った。


条くんは件先生の肩口で歯を食いしばって嗚咽を漏らした。


ふたりはしばらく無言で目を閉じて抱き合っていた。



件先生の愛が条くんを包み込む。

条くんも件先生になら、甘えられるだろう。




私はそっとその場を離れて、病院の外に出た。


ふと気づくと、出たところに桜の木があった。


桜の蕾はまだ硬い。



『条くんより…長生きしてあげて』



千帆さんは私に条くんを託してくれたの?

私に条くんを支えることができるの?

ねぇ…どうしてあげたらいいの?




涙がぽろぽろ溢れ出した。



「どうしたらいいか…わからないよぅ…っ」



ハグもできないのに…。


どうやって慰めてあげたらいいの?



桜の蕾はただじっと…春が来るのを待っているしかないの?



冷たい風が吹いて、桜の枝を揺らした。


私はその下で、ひとり泣いた。


涙が後から後から溢れ出して、止まらなかった。