「まあ…。お寒くはありませんの?」
突然話しかけられて、黄准はガバッと体を起こした。
「ひ、姫⁇」
「戸を開け放たれて…」
「はっ。月があまり美しかったもので。…お寒いですか?」
黄准は立ち上がって戸をパタンと閉めた。
ハッ。ふ、ふたりきりになってしまった。
「じ、侍女は…?」
「おりません。お酒をお持ちしました」
と言って姫は盆を置いた。
「姫…あの…申し訳ありませんでした」
「かまいませんわ。あなたが我が国のために戦ってくださったことは事実ですもの。女の私には背中を流すことくらいでしか労をねぎらうことはできません」
姫は、黄准に盃を渡した。
「それと、晩酌。…さあ、どうぞ」
「かたじけない」
黄准は恐縮して、姫に注いでもらった酒をクイッとあおった。黄准の喉仏がゴクッと鳴った。
「お酒も…お強いのですね」
快王は健白をすっかり気に入ったので、姫を健白のもとに嫁がせたいと考えていた。援軍を派遣してもらった見返りにもなる。
だが、健白は、
「いや、姫はよろしい。それより、温泉地をひとつ頂きたい」
と言った。
「それはお安い御用ですが、私はぜひ姫をあなたに差し上げたいと思っているのです」
「姫は承知しているのですか?」
「承知も何も。私が行けと言ったら行くでしょう」
「そういうのはよくないなぁ」
「はい?」
何がよくないのか快王にはわからなかった。
「それに若い娘は綺麗なものが好きだ。あなたのような賢くて美しい王のもとに嫁ぐのに喜びこそすれ、不満に思うわけはない」
「そういう問題じゃないんだなぁ」
と健白は首をひねって、頭をかいた。それから、快王にむきなおると、
「快王、せっかくですが、僕は他国の王の娘を妃にするつもりはありません」
と言った。
「なんと?」
「もう、やめませんか?我々の政に、女子供を利用するのは」
快王には、健白が何を言っているのかわからなかった。この時代、王家の婚姻は政略結婚以外ありえなかったからである。
「それとも、婿でなければ、あなたは僕という人間を信用できませんか?」
「……」
「同盟を結ぶのに、女を介す必要はない。僕はあなたが舅でなくとも、あなたを信頼できますよ。姻戚関係に頼らずとも、王同士、あなたと僕のように腹を割って話し、信頼関係を築けばいい。僕は、覇王になって、そういう世の中にしていきたい」
快王は、ほぅ…とため息をついた。
「血の繋がりが…骨肉の争いを生むのです」
そう呟いた健白の顔に、はらりと前髪が落ちかかった。
一瞬翳りを見せた健白の顔が、次の瞬間、パッと崩れて穏やかな笑顔になった。
「それに、嫁ぐのはあなたじゃない。姫だ。姫が惚れた男のもとに嫁がせてやるのが一番でしょう」