黄准は振り向きざま、健白を睨んで目で抗議した。
健白は声をひそめて言った。
「快王の心遣いを無駄にはできない。姫も父の言いつけを断られたら困るだろう」
「だったら、健白様がお背中を流してもらえばいいでしょう!」
「シッ!できるわけないだろ⁈いいから早く」
「な、なんでっ」
健白は、わざと大きい声で、
「何を照れていらっしゃるんですか。王様!姫をお待たせしたら申し訳ない。ほら、早く」
と言って黄准を湯の外へ押しやった。
「ちょ…っ…!ぬ、布…っ」
あわあわと黄准は健白が持っている白布に手を伸ばした。
「ああ。はい、どうぞ」
黄准は白布を受け取ると、股間を隠して姫のもとに行こうとした。
「ちょっと待て」
と健白が呼び止めた。
「なんか情けないな。絵面が。王なんだからさ。コソコソすんじゃねーよ。隠すな。堂々と行け!」
黄准は観念した。
悪戯心に火のついた健白には決して抗えないのを経験上、よく知っていたのだ。
臣下の身分でありながら、快王の姫に背中を流してもらうなど受け入れがたいことであったが、健白の命令とあれば致し方ない。
白布を奪い取られて、黄准は一糸纏わぬ姿で王のように堂々と姫のもとに歩いて行った。
そして、ずっと目を伏せている姫の目の前の岩に座って背中を向けた。
「…かたじけない」
肩越しにそう言った。
姫は甘く低いその声にドキッとした。
伏せていた目を上げると、目の前で、広い王の背中が湯に濡れて光っていた。
その逞しい背中についたいくつかの傷跡が、姫には勲章のように見えた。
なんと雄々しい王様だこと…!
「自ら軍を率いて…我が翠国のために…ありがとうございます」
柔らかい布が黄准の背中にあてがわれた。
背中を流してもらっている間、姫の献身的な思いが伝わってきて、黄准は申し訳ない気持ちになった。
そのとき、湯の中から、
「王様が出陣なさった戦は必ず勝つのです」
と健白が得意げに言った。
見ると、健白は湯から腕を出し、縁石に肘をついてニヤニヤと黄准と姫を見ている。
「まあ、頼もしい。臣下にもこのように尊敬されて…」
黄准は激しく否定したい気持ちをなんとか堪えて、
「はは…そんなことはありません」
と静かに笑った。
背後にいる姫には、目尻に刻まれた王の笑い皺が見えた。
なんと優しくお笑いになるのだろう。
それに、謙遜なさって…。
すると、健白が、
「王様、お背中だけでなく、前も洗ってもらったらいかがです?」
と笑いを含んだ声で言った。
「「え⁇」」
姫と黄准が同時に声を上げて、健白を振り向いた。
「はい、どうぞ!」
と、健白が満面の笑みを浮かべて先ほどの白布を黄准に投げてよこした。