「実は俺も移転先か、または支店を駅の向こうで探してんだけどね」
「そうなんだ」
もしも、麦さんがひとりで上手くやれなくて、俺が今より広いところを見つけられたら…
麦さんに譲ってもいいし、あるいはパン屋の一角を麦さんに貸したっていい。
いろんなアイデアが浮かび上がって、頭の中でシュミレーションしてみる。
ふと視線を感じて振り向くと、麦さんの熱い眼差しにぶつかった。
ほんのり目の周りをピンクに染めた麦さんが首を傾げて、ゆっくり言った。
「なに…考えてたの?」
モヘアのニットはカジュアルなのに、広く開いたVネックの胸元がセクシーだった。
「ん?店の将来…」
胸元の小さなネックレスが光る。
「…だけ?」
ナチュラルなメイクだけど…崩れてないな。そういや、一回化粧室に行ってた。
俺は頬杖をついて、麦さんを見る。
「と…麦さんの夢を実現させられる可能性」
麦さんの瞳が揺れて、フッと俺から目を逸らした。
カウンターの上のお銚子を軽く持ち上げて、
「…もう…飲めない…」
って言った。
「…手伝ってあげるよ」
俺は、麦さんにお酌をしてもらって、彼女が残した日本酒を全部飲んだ。