ラスベガスでの銃乱射事件による被害者数は、現代米国史で最多とのこと。
これまでは、昨年6月のフロリダのナイトクラブでの銃乱射事件の被害者数49人が最多だったそうだ。
たった一年あまりで、記録が塗り替えられるほど、銃乱射事件は多発し、規模が大きくなっているのかと思うと、背筋が寒くなる。
夏の日本一時帰国中に読んだ本の中で、心に残った本がある。
書店で手に取り、その厚さに躊躇しながらも、興味をひかれ買った本。
コロンバイン高校銃乱射事件は、1999年に発生したコロラド州の高校での銃乱射事件。
犯人は同校の2人の生徒であり、12名の生徒と1名の教師を射殺したのちに自殺したという衝撃的な事件だった。
この本の著者は、事件の犯人のうちの一人であるディラン・クレボルトの母親、スー・クレボルトである。
(本を日本に置いてきてしまったので、記憶を頼りに記事を書いていることをご了承ください。)
ディラン・クレボルトは、残された彼の日記や映像から、うつ病で自殺願望があったとされている。
そして、もう1人の犯人、エリック・ハリスはサイコパスで、暴力的な面があり、殺人願望があったと。
ディランとエリック、2人が結びついたことで事件は起こった。ディランは自殺したかったが1人では死ねなかったし、エリックは1人で事件を起こす勇気はなかった。
この本を読むと、ディランが産まれたときの話から、事件直前のディランの様子がよくわかる。
ディランが生まれ育った家庭は、ごくごく普通の、善良な市民の家庭だった。
そこには、虐待も暴力も貧困もドラッグもない。
ディランは、真面目な両親が愛情を注いで育てていた1人の男の子だった。
「母親なのに、なぜ気がつかなかったの?」
「良い母親なら、息子がうつ病で自殺願望があり、銃を隠し持ち、乱射事件を計画していたことに、気がつかないはずがない。」
これらの言葉が、事件後、スーを苦しめた。
ディランは幼いときから、完璧主義で繊細な面があったが、普通の子だった。むしろ育てやすい子供だった。
高校生になってから、ふさぎ込むような様子が時々あったり、多少の反抗的な態度もあったが、常識の範囲だったし、思春期特有のものだろうとスーは考えていた。
ディランには仲の良い友達も数人いたし、ガールフレンドもいたし、希望の大学への進学も決まっていた。
スーにとっては、息子が凶悪事件を起こすなんて、1ミリも予想していなかったのだ。
「もしディランのうつ病に気づいていたら、もしエリックとの付き合いをやめさせていたら、事件を防げた」
という後悔に彼女はずっと苦しんでいる。
スーは今、自殺を防止する活動をしている。
彼女は言う。
「絶対ありえない。あるはずがない」という親の思い込みが、子供の真実の姿を見えなくする。
「ひょっとしたら、わが子は心の病かもしれない。人生に絶望して自殺を望んでいるかもしれない」
という可能性を頭に置いておくことが大事。
子供は親に対して、ときに、本当の心を隠す。
とても上手くふるまい、細心の注意を払い、親に悟られまいとする。
だから、わが子が自殺を考えるはずがない、と思いこまないこと。
思春期が近くなった息子を育てている私にとって、スーの文章には胸を締め付けられた。
息子が凶悪事件の犯人となって、多くの人を殺したと同時に、愛する息子を自殺により永久に失ったわけだから。
殺人犯の母親として、世間から非難され、被害者へのつぐないに一生を捧げるスーの人生を思うと言葉がないが、
衝撃的なことは、事件前までスーは、私と同じように、家庭を愛し、仕事に励み、社会のために良いことをしたいと願うごく平凡な主婦の1人だったという事実だ。
子供の自殺のニュースは頻繁に報道されている。日本では去年、320人の小中高生が自殺した。
自分の子が自殺するわけない、と100パーセント否定しないことで、自殺を防げるかもしれない。
重いテーマの本ではあるけれど、この夏、読んでよかったと思えた本です。

