こんにちは。
いつも読んでくださりありがとうございます。
4人の子供が教えてくれたこと 3回目です。
2回目はこちら→http://ameblo.jp/ken-gaa/entry-12185212371.html
★第一の試練。
赤ちゃんとの生活、自分が子供を生んで初めて経験する。
だから本当は初心者でわからないことだらけ。喜びも会うけど不安もいっぱい。
その当時私は育児書や子育てエッセイを頼りに赤ちゃんとの生活をイメージしていた。
実家もそう遠くないところにあり頼ることはできたけど、なぜかあまり頼ってはいけない。
私が頑張らないとの思いにとらわれていた。
(それでも私の親からしたら頼っているように見えたかも)
けどね、これがね・・・間違いのもと。
「育児書通りにならないじゃん!!」・・・今思えば当り前だけど、その当時はおっぱいあげるの3時間おきと書かれていれば、その時間にならないとあげてはいけないんじゃないかとか、それでも泣くからあげてしまうけど、
もしかして母乳が出ていなくて、足りないのかとか、うちの子の感覚がおかしいのか合間にミルクをあげてもいいのか、と真剣に悩んだ。・・結局泣くのが嫌であげて、ぷくぷくに育った。
夜中も寝ながら母乳をあげてはいけないとなっていたから、ちゃんと起きてあげていた。
(2番目の子以降はそこら辺がルーズとなり、寝ながら上げてそのまま寝るパターン)
お風呂上りには白湯を飲ませるとあったけど、うちの子は飲まなかった。えー、どうしようと思いながら、母乳あげていたけど、今はお風呂上りに白湯をあげるとはなってないらしい。
そんな中私にとっての一番の試練は長男が寝ないことだった。
なんであんなに寝れないことにいら立っていたのかわからないけど、
眠い時に眠れないことが私は苦しかった。
赤ちゃんって寝ているものだと思っていたから。
確かに寝てはいるのだけど、眠りが浅いのか、寝て起きての感覚が短い。
そして、うちの長男は布団に寝ないタイプ。
抱っこして寝たなと思って布団に寝かせると泣く。どうやったら泣かないのか凄く考えた。
胡坐をかいて、壁に寄りかかり、その上に長男を乗せて、壁に寄りかかりながら寝たこともある。
そんな時隣でいびきをかいて寝ている旦那さんを見ていると、気持ちは蹴りたくなる。でも次の日仕事と思うと
起こせなかった。
(旦那さんの名誉のために書いておくと、旦那さんは休みの日は育児、家事に協力的な人です。)
夜まとめて眠れることがどんなに幸せなことかとその時は思っていた。
自分の思うように生活できないことがこんなに苦しいことと思わなかった。
子どもが生まれたら、まず朝、昼、晩、と時間で過ごしてきた、その感覚がなくなる。
24時間営業のお母さん。自分のことをかまっている時間もない。必死な毎日。
子どもが一人の時はまだ若干の余裕もあるかもだけど、
うちは長男が1歳になってすぐ、次男が生まれたこともあり、
さらにその2年後に長女がうまれと、長男3歳、次2歳、長女1歳を育てていた時の記憶がないくらい。
その時にはママ友もいたから、外に出あるくことも多かったけど、ベビーカーに3人乗せてたり、
そういえば自転車乗るのも凄いことになっていた。前と後ろにのせて一人はおんぶ。
買い物したものはハンドルにぶら下げて、フラフラ。よく乗れてたと思う。
今じゃ違反行為。
お母さんは、体力勝負でもある。けっこうぎりぎり、限界まで頑張ってる。
100人親子がいれば100通りだけど、不安やイライラ、喜び、いろんな感情を味わいながら、
それでも社会的にはそんな思いが中々理解してもらえず
お母さんは自分のことも見れずに、必至で頑張っている。しかも孤独になりがち。
なんか弱音を吐いてはいけない社会のような気がするから。
自分のエゴと子供を育てなきゃの思いの戦い・・。
そんな中で、お母さんの・・というか女性の世代の縦のつながりをつくりたいと思うようになった。
一人で不安だったし、限界だったから。
私はお母さんならできて当り前と無意識に思ってしまっていることもあって、
人に聞けなかったり、助けを求めにくいこともあった。
(これは私の場合。もともと人に聞くことができなかった。私はできる人でありたいから、質問することや人に助けを求めることは恥ずかしいと思っていた。)
そう、観術と出会ってわかったのは、人は判断基準(あることに対して良い、悪いや○×する基準)に観点固定していることがあるから、中々ぶっちゃけで、人に相談することができないし、相談してもそれを素直に受け取れなかったりする。
人の話を聞くことで、余計に私はダメなんだとかあの人はできる人なんだと無意識に相対比較して
自分や子供や人を悪者にしてしまう。
私の思い通りにいかない育児も、基準が育児書であってそこにあうから○、あわないから×として、自分や子どもをダメと無意識に傷つけるようなことをしてた。そんなダメな私は人に相談したら、余計に傷ついてしまうと思いこんでた。
だから、その判断基準に観点固定を0化できる技術を使うことで、
人自体の心を傷つけず、本当の問題解決ができる、
その縦のつながりをつくりたいと思った。
安心の心で、沢山の人の手を借りながら、育児関しても、沢山の観点が入ることでイメージ広がるし、一つのことに縛られなくなる。大きな、余裕のある心で、育児ができるようになる。
時には子供を預かりあったり、子供の新しい教育も一緒につくっていくことができる。
何よりも子供を心から愛してくれるお母さんのような人が沢山いる場。
そう思ってつくったのがママ大爆発でした。
そして更なる試練が・・・。
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4人の子が学校へ行かないとなった時に出会った、今の教育の限界。
人間の限界。関係性の限界。お母さんという素晴らしいポジションなのに、小さく、弱者的に思われてしまう社会。
私はそこを全て突破して、お母さというポジションがめちゃ価値あるポジションとしてまずはお母さんたち自身に認識してもらい、その価値あるポジションのお母さんのイメージを今までとは全く新しいものに変えていくミッションがあると感じてます。
次世代子育て・家族コンサルタント・マインドームコーチ
ママ大爆発主催
善家 圭