ケーロニ爆弾日々淡々 -2ページ目

ケーロニ爆弾日々淡々

下剋上、毛呂に

こんちは、ひさしぶりです。


ケータイを噛み砕くという理解しがたい不慮の事故以降、文明から淘汰され、アナロギッシュに満ち溢れた毎日を過ごしていました。


友人からの連絡が家の電話にかかってきたりしました。



しかしなんとか母の携帯を借りることを思いつき、なんとか文明の園である現代へと舞い戻ることができました。


lineが見れないためみんなで集まるときも一人家でポケモンやパワプロをやり、業務連絡も届かないため、電撃戦で沖縄に出向いたりもしました。



やはり現代の

「絆=電波」

この方程式は揺るぎないですね。



さて、こんな僕なんですが、3月17日から26日までの電撃!沖縄旅行を楽しみ、28日の卒3を乗り切りました。



沖縄では荒れ狂う波、優雅に漂う魚、ずっしり待ち構える反り立つ壁、滝のような雨、滑舌のわるい現地民、照りつけるサンシャインに歓迎されて大いにはしゃぎ回ってきました。



「&*H##$*#×?#*さー」


まじでなんて言ってんの


自転車屋のじいさん、アンタどうせすごくいい人なんだろ?

いい人なのはわかったから音じゃなくて言葉を口にしてほしかったよ。


居酒屋のおばさん、あの一晩でなんかい「下げましょうね」っていってんだよ、語尾上げるなよ。


食堂のおばさん、気が利くいい人なのはわかったよ。

でもあの滑舌とギャグ線どうにかしろよ、いきなり「……ぁうっ!!」とかいいながらカップ落っことすなよ、唐突にコーヒーの味見とかさせんじゃねーよ、メガネちゃんとしろよ、片側ずり下がってんだよ。



あたたかい人に囲まれながら有意義に一週間過ごしました。



話は変わって卒3


わがダサイタマに帰ってきたのは26日の夜中。

卒3は28日。


僕は単なる客として行くことになっていましたので気楽に27日を過ごしました。


まぁ旅行中に溜まっていたアニメを消化して過ごしていたんですが。



いざ卒3。


開始と同時頃につけばいいかな、と思っていたので12時半ごろに起床。

母の携帯でlineをチェック。



「10時に常盤、おまえも司会だから早く来い。」


しかい?シカイ?
あぁ歯科医?医者になった覚えはないぞ?

視界?良好じゃボケ。

死海?沖縄の次はアラビア半島ですか。お金がありません。気分が沈んでいても浮きます。




なんと司会になっていたのです。


一刻を争う感じだったので急いでバスに乗り込み目的地を目指します。



line「スーツで来い、司会はスーツ」



僕は私服です。



訳が分からずうっかりバスから飛び降り反対のバスに乗り家に戻りスーツを用意。



息と金を切らしながら急いで浦和へ。



元々司会だった友人と合流せにゃなりません。



やっと合流。


友人M「なんでおまえスーツなのwwwww」


友人Y「wwwwwwwwwwこっちみんなよwwwww」


僕「(゚Д゚)?」
「いや、スーツって言ったやん」

友人M「なんでおまえスーツなんだよwwwwwwwwww」

僕「(嵌められた?いや、同じ釜の飯を一週間沖縄で食べ、受験のため切磋琢磨し、ともに謹慎という苦難に立ち向かった友人たちが僕を嵌めたりするはずがない。)」

僕「なんの冗談だよっ、ウケねーゾッ☆」

友人YM「なんでおまえスーツなんだよwwwwwwwwww」

僕「ハ メ ラ レ タ」



そんな下りがありまして、私服の友人に挟まれ、カチッとスーツに革靴の状態、挙げ句リハにもでず、任命されてから2時間で本番という理解に苦しむ状況で司会をこなしました。



緊張しているM、状況の飲み込めない僕、しゃべらないY


人選ミス、明らかに人選ミスです。


20分トークは地獄でした。


司会のくせに花道の準備をてつだうM、マイク片手にポカンとしている僕、しゃべらないY。


結局20分間黙ってました、ごめんなさい、頭真っ白でよくわからなかったんです。


でもまぁ友人に無茶ぶりしたりしてなんとか乗り切りました、ありがとう。



なんとか全体として盛り上がってくれてよかった、心臓に悪いから当日登用は勘弁してください。


終わったあとは打ち上げ


あのロックは量がおかしかったな。


川口vs大宮vs朝霞トーク楽しかったな、朝霞のグーチーいい加減にしろ。



断片の記憶しかないです、ごめんなさい。


デブデブいってごめんなさい、なぜかそのへんのトークは覚えています。


帰り階段から転げ落ちたのも覚えています。


こんなもんかな、さすがに卒3終わると物淋しくなりますね、次にみんなに会えるのは追いコンかな?


それでは~