友人たちのメーリングリストに届くメールは、今では悩みのタネ汗


今日届いたメールは、結婚します、のご報告メール。
おめでとうの言葉が飛び交い、
俺もパパになったぜ、的な互いの近況報告もちらり、ほらり。



このブログを始めてから、少しは「子供のいない人生」を受け入れつつあるけれど、


やっぱりキツイっす・・・ガクリ



みんなで子供連れで、また集まろうよ~、的な部分があった気がするが、
脳が拒否反応を起こしたため、見られなかった。


もちろん、大好きな友達だから、嬉しいし、「おめでとう」って言いたい。
言わなきゃ後で後悔するから、


虫の息状態で、
おめでとうメールを書いた。

でも、シンプルなメッセージの後に、何を書いていいか、判らなくなった。



もっと、盛大におめでとうって言葉を誰よりも素敵な言葉で言ってあげたかったガクリ



みんなのやりとりは、すごく普通のものだ。
子どもができたら、みんなで集まって~、・・・・などとと言うのは、

子どもができない人の気持ちを考えない無神経なヤツだ、とは思わない。


私の友達は、決して「無神経」なヤツではないびっくり



それは、この世界に存在する、すごく自然な会話なのだ。



それを受け止められない、私が特別なのだ。




つまり、私は、この世界の(いや、日本の?)スタンダードから、二つの意味で逸脱している。


一つは、夫婦と子供、という、もっとも典型的な日本の家庭からの逸脱。

もう一つは、子共がいないことで、自分を不幸においやり、子供のいる人を「普通の目」で見る一般的な人からの逸脱。



もちろん、スタンダードなんて、ただの多数決みたいなもので、
少数意見が非常に素晴らしいなんてことも、民主主義にはよくある話。


世の中には、子供がいても、相棒がいない場合もあるし、
全て揃っていたって、何かしら、幸せではないことも、多々。

一人で生きるのが幸せだ、という友人もいる。


でも、なんで私の周りは、(親しい友人に限ってだけど)

夫婦仲が良くて
仕事も順調で、
子供ができて、ハッピーさハート


・・・・という人が多いのだ。



あぁ、自分って、こんなにみんなにできる「普通のこと」ができないんだぁぁぁガクリ


と落ち込んでしまいました、とさ。




だけど。


「人生には、前しかない」と言っていた、うちのダーリンの言葉が、
私を救ってくれた。


人を羨んだって、
あるいは、羨まなくったって、


どうしようもなく、公平に明日は来る。


いろんな人のいろんな人生があって、
思い通りにならないことも、山ほどある。


子供、という部分で、今更、私がダーリンにしてあげられることは、
病院に行くぐらいのこと。


でも、ダーリンを幸せにするために、なら
がんばれることが、もっともっとあるはず。


私は、普通じゃない、のかも。

でも、だから不幸な訳じゃないえ~!!