無肥料無農薬野菜の大切さ。
農家さんから大切なお話をお聞きしましたん。
これって、人生と同じじゃないか?
と、思いましたのでシェアさせて頂きますね
無肥料無農薬のスゴさを再考察
化学肥料は野菜を大きく育てます。ですよね?
大きいキュウリと小さいキュウリがあったなら?。。金の斧と銀の斧的?な、問いかけですが、、
大きいキュウリのほうを取るのが人情だと思います。うんうん、ワタスももちろん、そうですた。
(写真は、無農薬無肥料で育てたナスの赤ちゃん。めんこいね)
農薬を使うと虫がつきません。なぜなら、虫を寄せ付けないか虫が死んじゃうかして、虫食いのない綺麗な野菜に成長するからですよね?
さぁ、究極の質問
姿形の見栄えがよい野菜 VS 見栄えのない野菜
どっちを選ぶ?
そうよね。見栄えのいい方を当たり前に選んじゃう。これ、これまでの常識。
だってさ、虫食いばかりやネジ曲がった野菜を率先して選ぶには勇気がいるよね。
でもさ、ちょっとまって。
見栄えの良い野菜。でも、中身がスカスカ
VS
見栄えのない野菜。でも、とってもジューシー
これなら、立場逆転?
後者の方がずっとずっと素敵よね?
だって、姿形が見目麗しくても味がないのって、それ、食べ物じゃないじゃん。えっ?置物か??
でもね。管理する立場からは、中身が見えないので、そんな事情は加味されず
規格で値段を決めるしかないのが実情です。
虫が食べない野菜を食べたいと思いますか?
味がしない野菜を食べて、シアワセだと感じられる?
人生と同じよね。
むやみやたらと、自分を着飾ったり、大きくみせようと思うもの。
でもさ、そんな虚無の中で暮らしていると疲れちゃうよね。そして、自分を見失う。
そう、他人の評価が最優先。他人軸の中で生活していると、自分軸がブレブレ。
自分がしたい!よりも、どうしたら波風立たないように暮らせるか?が平和的解決策だと思うのって、小さな頃からの日本的教育観念の思想じゃないかな?
(もちろん、お分かりかと思いますが、波風たてろと言っている訳ではありませんし、あおり立てている訳ではございませんので、ご理解頂けますと幸いです)
いいか、悪いか?
とも違います。あくまでも、ワタシ的生き方として。ですので、お許し下さいませ。
例えば、、です。
糸掛け曼荼羅の講座で例えるならば、、
あらかじめ釘打ちされた板に糸を掛けるのは簡単だし素敵だとは思いますが、、
(あの。こちらも同様でご理解頂けると思いますが、、クギ打ちをされていらっしゃるポリシーの先生方を心から尊敬しておりますし、批判する気持ちは全くございません
)
でもね、、
曼荼羅を掛ける為の図面をイチからご自分で作成して、ご自身でクギを打ち、その微妙なズレを落とし込む感覚を体感するのが、大変だし時間が掛かるけど、そこが一番重要な人生の醍醐味だと思っておりますの。
だってね、、コンマ何ミリの違いがあるのは当然で、全てが機械のように完璧にクギを打つのは至難の業。違いがあるから面白く、その違いが個性という魅力になるのではないでせうか?
美しさも大切ですが、その根本と成る屋台軸をもっと感じて欲しい。
それが、ワタス的な人生の魅力だとこの年になって、やっと気付けた宝物。
ヒトを批判するのは疲れます。
ヒトをジャッジするのも心が折れます。
全てのヒトがそのヒトらしく生きてもいい時代になりました。
名前や肩書き、これまでの経験などもないフラットな心地よい暮らしの中で見つける自分。
あなたの宝物はなんですか?