「なんで俺ばっかり・・・。」
独り言のつもりが思わず声に出る。聞かれたくないことは必ず誰かの耳に入ってしまう。おおかたそういうものである。
「どうしたんだ、澤山。」
隣の席の稲本が声を掛けてきた。
「いや、健康診断の結果が返ってきてさ、再検査を受けろってさ。」
「そんなの無視しろよ。医者はいつも大袈裟にいうものさ。大抵なんてことないよ。」
「そんなものかなぁ。」
稲本に聞こえてしまったので、話を合わせたが、俺の中には別の暗闇が広がっていた。もちろん、健康診断の再検査は事実であるが、稲本が言うとおり俺はそんなことを気にしているわけではなかった。
俺の目下の悩みは別のところにある。
「澤山さん、ちょっといい?」
いつもの甲高い声で俺を呼ぶ声がする。知らず知らずのうちに俺は大きくため息をついた。
「はい、何でしょうか?」できるだけ、自分の感情を殺して声の主に答えた。
「この企画書の数字の根拠を教えてくださいませんか?」
「はい、少しお待ちください。」
俺は自分のパソコンを調べるふりをして時間を稼いだ。彼女からの慇懃無礼なお小言はいつものことである。年下の上司である彼女は、常に敬語で私に話しかける。しかし、それが余計に俺を苛立たせるのであった。それも、俺に落ち度があれば俺の負け惜しみであるが、ほとんどが完全に重箱の隅をつつくような類のものである。それも、俺が提出した書類のみである。これは、俺だけが感じているものではない。同僚からもいつも彼女から俺が呼ばれると、「またはじまった、かわいそうに。」といった憐れみの目で見てくる。中には、面と向かって「貧乏くじを引いたな。」と言ってくる者までいるくらいだ。
