坐摩神社の「坐摩」は「いかすり」と呼ぶのだが、音読みで「ざま」と通称されることが多い。「いかすり」とは、また変わった名前であり“イカ”や“アカスリ”など勝手に想像してしまうが、「居住地を守る」という意味の「居所知(ゐかしり)」から転じたという。
創建は、神功皇后が三韓征伐より帰還した際に、大川(旧淀川)南岸の渡部の地、今でいうところの天満橋南詰西方にある石町周辺に奉祀されたのが始めとされる。
摂津国一宮なので相当な由緒と御利益があるだろう。ちなみに住吉大社も摂津国一宮を称している。一国で複数の一宮があるところも全国に数カ所あるのだ。
1582(天正10)年、豊臣秀吉の大阪築城の際、替地を命じられ江戸時代寛永期に現在の久太郎町4丁目へ遷座。旧社の地名が「渡辺」であり、全国の渡辺性のルーツといわれることから、遷った地も渡辺町と名付けられた。その後、昭和の町名変更の際に久太郎町として統合され消える予定だったが、全国の渡辺さん達が反対運動を起こし結果「久太郎町4丁目渡辺」と街区番号に名を残すに至った。
最近の街の名付け方は歴史的な意味もなく、風情もないものが多く残念な限りだが、渡辺の名が残ったことは喜ぶべきことだと思う。

(鳥居)
さて、坐摩神社の前にチャリンコを止める。
坐摩神社の鳥居はなかなか珍しいもので、三輪鳥居と呼ばれる形式だ。これは明神鳥居の左右に脇鳥居をつけたもので、奈良県桜井市三輪の大神神社(おおみわじんじゃ)の鳥居が特に有名であることから三輪鳥居とも言われている。

(狛犬)
背筋伸びすぎです(笑)肩こりそうだ。

(手水舎)

近寄ってみると、特異な形状。自動で水がでる仕組み。見た目と違いハイテク!

(拝殿)
太平洋戦争の空襲で焼失したのち、鉄筋コンクリートにて再建された。
御祭神は、以下の五柱を祀る。
生井神 (いくいのかみ) …生命力を現す井戸水の神様
福井神(さくいのかみ) …幸福と繁栄を現す井戸水の神様
綱長井神(つながいのかみ) …深く清浄な井戸水の神様
阿須波神(あすはのかみ) …竃(かまど)の神様。屋敷と庭の神
波比岐神(はひきのかみ) …竃(かまど)の神様。足の神、転じて旅行の神
これら五柱を総称して「坐摩大神」という。井戸や竃といった家を守る意味合いが「いかすり」そのものなのだ。そのため住居守護や旅行安全などに御利益があるとされる。
坐摩大神は、神武天皇が即位されたときに御神勅により宮中に奉斎されたのが起源だといわれ、宮中で坐摩巫(いかすりのみかんなぎ)によって祀られていた。
参拝をすませ、御朱印をいただきに社務所へ。朱印を受ける間、境内を見てまわる。

(境内社)
境内には、右手に境内社がある。相殿神社、天満神社、大國主神社、繊維神社、大江神社と並んで鎮座。

(陶器神社)

(稲荷神社)
また、左手奥には、陶器神社、稲荷神社。
「坐摩神社」の近く西横堀川沿いには、多くの陶器問屋が軒を連ねたのものこの神社があるからだろう。
さらにこの周辺には古着屋(古手屋)が並び、後の「そごう」となる「大和屋」もその一軒であった。


(陶器の灯籠など)

境内にて、振り向くと伊藤忠のビルが見えた。
さ、京町堀あたりで遅めのランチして会社へ戻ろう!

(御朱印)
大きな地図で見る