今朝の電車中、子供が勉強しないと嘆く親が居た。

それを聞いてふと思う。

結論、子供が勉強しないのは、親自身が勉強しないから、取り組む姿勢を見せていないからだと思う。

要するに、親の怠慢が原因。

ちなみに、ここで言う勉強とは学校の授業、宿題だけでなく、社会勉強も含めた上での広義の意味も含む。

ただひたすらに机に向かって勉強させるのではなく、なぜそれをするのか、目標を持たせてモチベーションをもって取り組ませればよいと思う。そういった目標を持ち勉強をするという事を子供に言ったとしても、その経験がない子供はそのやり方、モチベーションの維持の仕方がわからない。
だからこそ、親が自分の身を以って何か目標を持って勉強する姿勢を見せれば、自ずと子供も机に向かうのではないかと思う。

もちろん、子供の夢が国語・算数・理科・社会の全ての教科を全く知らなくても済む夢を持ち、それに邁進しているのであれば良いが、社会を渡っていく上で最低限小学生レベルの知識はいるのではないかと思う。国語は人と会話する基となり、算数は日常生活の足し算引き算、理科は万物の原理原則、社会は世の中の流れ。知っていて損はないはず。

帰省した際、とある本を持っていて姉(30代後半・子持ち)がこう呟く。

「まだアンタ、その歳で勉強するの??ホント、好きね。」
「アンタ、勉強好きだからね。」
と。

その時は、笑ってごまかしたが、正直疑問符が残る。自分としては目標があって、それを達成するには必要なものであるから勉強しているだけであって、勉強が好きなのではなく目標を達成したいという夢があるからだし、それに歳は全く関係ないと思う。夢・目標を持つことに対して、30歳だろうが40歳だろうが関係ない。
そういう姉を見て我が姉ながら残念な人間になったなと思う。諦めたらダメだよと子供に言いながらも、お前自身が諦めてるだろと突っ込みたい。全く親の自覚無し。

おそらくこういう考えはマイノリティかもしれない。
だが、正しいか正しくないかというより間違ってはいないと思う。

この考え、どうでしょうか。



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勝ちと負け。

歓喜の涙と悔し涙。

熱かった。

さて、俺も本腰入れなきゃ。

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祖父の家で採れたピーマン。

今回は挙式の打ち合わせで帰省。

ようやく祖父に嫁を会わせる事ができ、その場で籍をいれた事を報告。


祖父から祝福の言葉と、そして自分の死期を悟ったような言葉。

じぃちゃん、ありがとう。

次は花嫁写真を見せに、また来ます。

必ず。


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