国東半島は大分県別府の北部にこぶのように突き出た半島で、周防灘に面している一帯である。その国東半島の北部の付け根にあるのが豊後高田市である。この豊後高田は江戸時代から明治、大正、昭和30年代にかけて、国東半島一の賑やかな町として栄えてきた。そして、その中心商店街は、昭和30年代以前に建てられた古い建物が7割も現存することから、まちおこしに取り組んで「昭和」にスポットをあて、いまや懐かしく、いとおしい昭和の街並みを再現している。
ところで、昭和30年代前後は私が小学生から中学生のころで、まだちゃぶ台で家族皆がそろって食事をしていたころである。いま考えれば経済的にはまだまだ貧しかったけれど、特別貧しさを感ずることもなく、隣近所との付合いも盛んであったように思う。心のどこかに余裕があり、なにか賑やかであったように思える。戦中、戦後の苦しさをくぐり抜けてきた親たちが、将来に目を向ける心の余裕が子どもたちに影響していたのかもしれない。
そのような懐かしい「昭和の町」は、いまでは見かけることもなくなってしまったが、豊後高田にはその当時のありのままの建物の景観がそのまま残っている。まさにAlways夕日の三丁目の世界であり、裸電球、氷屋さんが配達してきた氷柱を入れる冷蔵庫、駄菓子屋で買う紅梅キャラメルなど、自然とまぶたにいろいろな情景が浮かんでくる場所である。
国東半島は江戸時代から長崎と上方とを結ぶ要衝の地であったようだ。遠藤周作の「王の挽歌」は大友宗麟を題材にしているが、1570年ごろには豊後で基督教の布教が順調に進んでいた様子が描写されている。長崎で得た海外の情報が国東半島を経由して上方に伝播していったのであろう。キリスト教徒である遠藤周作も幾度か国東半島を訪れていたようである。このような土地柄であるからこそ昔ながらの姿を大切に残していって欲しいものである。いずれにしても、国が成長し豊かになるということは、社会からおおらかさみたいなものが失われていくことなのかもしれない。
王の挽歌 (遠藤周作歴史小説集)/遠藤 周作

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ところで、昭和30年代前後は私が小学生から中学生のころで、まだちゃぶ台で家族皆がそろって食事をしていたころである。いま考えれば経済的にはまだまだ貧しかったけれど、特別貧しさを感ずることもなく、隣近所との付合いも盛んであったように思う。心のどこかに余裕があり、なにか賑やかであったように思える。戦中、戦後の苦しさをくぐり抜けてきた親たちが、将来に目を向ける心の余裕が子どもたちに影響していたのかもしれない。
そのような懐かしい「昭和の町」は、いまでは見かけることもなくなってしまったが、豊後高田にはその当時のありのままの建物の景観がそのまま残っている。まさにAlways夕日の三丁目の世界であり、裸電球、氷屋さんが配達してきた氷柱を入れる冷蔵庫、駄菓子屋で買う紅梅キャラメルなど、自然とまぶたにいろいろな情景が浮かんでくる場所である。
国東半島は江戸時代から長崎と上方とを結ぶ要衝の地であったようだ。遠藤周作の「王の挽歌」は大友宗麟を題材にしているが、1570年ごろには豊後で基督教の布教が順調に進んでいた様子が描写されている。長崎で得た海外の情報が国東半島を経由して上方に伝播していったのであろう。キリスト教徒である遠藤周作も幾度か国東半島を訪れていたようである。このような土地柄であるからこそ昔ながらの姿を大切に残していって欲しいものである。いずれにしても、国が成長し豊かになるということは、社会からおおらかさみたいなものが失われていくことなのかもしれない。
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