Morning People's Humming

Morning People's Humming

鼻歌まじりの日々。

Amebaでブログを始めよう!
大竹伸朗:アートっていうのは、要するにどこにいよう
     がさ、圧倒的なものをつくることだと思うん
     だよね。
     あと思うのは、「毎日」ってこと。
後藤繁雄:いいね、「毎日」。
大竹伸朗:「毎日」っていうのはすごい核ではあるね、
     今回の「全景」展は。それは努力ということ
     でも積み重ねとかそういうことでもないわけ。
     「毎日」、その二文字だよね。ただ「毎日」。

後藤繁雄「ノマディズム」(artbeat publishers)より、
大竹伸朗さんが個展「全景」について語る中の一節。


自分の毎日を、もっと意識してみよう。
行くべき道は、自分の毎日の中にある。




後藤 繁雄
ノマディズム (LIFE WORKS (4))
文字通り3日3晩寝通しで、すっかり体調もよくなった。
昨日は11時前に床について、今朝4時半起床。
いつもよりも体調がよいのが全身の体温の感じで分かる。
血の巡りがよいのか、全身あたたかい。

最近多分「冷え」体質になってきていたんじゃないかと
思う。男のくせに。と思ってたら最近では男の冷え性も
増えてきているようですね、とネットのニュースの
見出しだけ で判断しておりますが。

自分勝手な判断ではあるが、僕は血の巡りのよい方では
ない。痩せているけれど血中コレステロールや中性脂肪
の値は高いし。
ここ数ヶ月、あるいは1年近い不摂生の結果、身体の中に
悪循環が出来上がっていたような気がする。そして今回の
風邪だかインフルエンザだかよくわからないけど、体調を
崩す事態に至ったような気がする。

「冷え」体質だと多分体調と気分両方に悪影響があるね。
僕なんかは朝ぐずぐず起きれなかったり、仕事のモチベー
ションもいまひとつだったり、なんならちょっとうつ気味
かと思うこともあったり。

それが全て「冷え」のせいかというとそればかりではない
だろうけども、特に今時分の朝の活動に関していえば、
「冷え」の身体にはつらいだろう。もう全く起きたいという
気がしないから。でもそんな小さな積み重ねが思いもよらぬ
負のスパイラルを生み出していくものだと思う。

身体は冷やさない。物の本はすでに沢山出ていて今更僕の
いうことではないけれども、これは相当大事なことではない
かと思った。今朝の実感として。

身体、温めていきましょう。
久しぶりに洗面台で見たら、自分でも分かるほど
頬がこけていたので驚いた。
左目が二重になってますます目がギョロギョロしている。

久しぶりに、本当に久しぶりに自分で飯を炊く。
玄米。多分2年物。でも炊く。炊くことに意義があるのだ。
ここから再開するんだ俺の自炊ライフ。

米を1合半研ぐ。米を傷つけないように優しく研ぐ。
がしゃがしゃと力強く研ぐのはよくないと昔習った気がする。
米の周りに着いたほこりなどを洗い流すように研ぐ。

米の分量の1.2倍の水を注いで、ひとつまみの塩を入れる。
今日は黒ごまも一緒に炊いてみようという気になったので
黒ごまも少々入れて少し混ぜる。
電気圧力鍋をセットして、あとは小1時間待つ。
こんな簡単なことが、なぜか毎日できない。

ご飯の炊けるのを待つ間に散らかった部屋を少しだけ片付けたり、
水回りをきれいにしたり。なかなか気持ちがいい。
しばらくすると圧力鍋からシュウシュウと蒸気のもれる音。いい。
台所のおとって、大事だよなあ。
人は自然の恵みをそのままいただくだけじゃなくて火を通したり、
料理する技術を与えられた動物だもんなあ。
レヴィ=ストロースの「生のものと火を通したもの」っていう著書、
本屋で背表紙だけ見たけれど、どういう話なのかな。
とかぼんやり考えつつ、そうだ、お茶飲もうという話になり(一人で)、
湯を沸かして、三年番茶の茎やら葉を適当に放り込んで煮出し始める。
時々会社に番茶を入れて持っていくけれど、その時は早く煮出したい
ので沸騰させてさっと煮出すことが多いのでけれど、今日は弱火で
ゆっくりと煮出す。どうせご飯はまだ炊けないのだから。
15分くらい煮出したところで火を止めて飲んでみる。
味が違う。やっぱりゆっくり煮出した方がおいしい。
味がやわらかいし、甘い気がする。香りも優しい。
やっぱりゆっくり煮出さないとダメだなーと痛感。うれしい発見。

ついでに梅干とお醤油を少し足して梅醤番茶を作る。
梅醤番茶
これが梅の香りとお醤油の風味が程よくブレンドされてまたうまい。
ありがたいねぇ。とため息をつく。

あれこれしているうちにご飯が炊ける。なんて素晴らしい時間。
蒸らしもへったくれもなくふたを開けて天地返しし、
黒ごまをさらに振って即いただきます。
玄米ご飯

ああ。
なんという、もちもちで、それでいてふっくらとした・・。
このあたたかなご飯よ。
はやる気持ちを抑えながら俺はよくかんで食べることに努める。
そして1合半、飯とごまと梅干だけでたいらげた。
空っぽの肚が迎えた最初の食事は、簡素なれど豊かな味わいでした。
木曜日の朝から急に具合が悪くなった。
なんとか職場にたどり着いたものの、
仕事は手に着かず、
熱は上がるわ
寒気はするわ、
手の末端は軽くしびれるわ
全身の倦怠感やら
腰や体のあちこちが痛むわで
もう限界やということで急遽午後休みをもらう。

時期的にインフルエンザか?
ということもあって即内科へ行き、
待つこと20分、診察2分。
発症間もないことから断定はできないけれど、
症状から察するにインフルエンザの可能性がある。
との診断結果。なんやすぐわからんの?
今日の夜か明日の朝もう一度診察を受けてください
との医師からの忠告。面倒くさい。

帰宅して即眠る。ただ眠る。寝たら治る理論。
3、4時間眠っては目覚め、また眠るの繰り返し。
金曜日未明、肚に変調をきたし始め、
以後何度も下痢に悩まされる。
それはほとんど排液と呼べるようなほど液体で。

金曜日の朝、熱は随分と下がった。
多分平熱に近いくらいまで下がっていただろう。
だが頭痛や下痢、倦怠感や節々の痛みは相変わらず。
行くつもりだった病院にも行く気が起こらず、
梅干しを2つ口にした以外ひたすら眠る。

窓から差し込む外の光のうつろいだけで大体の
時間を感じるだけで、話し相手もおらず、
パソコンをいじる気力もなく、ただ伏せ続ける自分。

ただ、不思議と安心しているのは、
僕は別に病気が悪いことと思っていない、
むしろラッキー、ありがたいと考えているから。
それは仕事が休める、とかじゃなくて、
数ヶ月あるいは数年の蓄積の結果崩れた
身体のバランスを取り戻すために重要な役割を
果たしてくれていると考えているから。
つまり発病とは治癒のメカニズムであると。
治ってくれているのを薬で止めるなんてもったいない。

まあ、昔読んだ本の受け売りですが。

だから薬はよっぽどのことがない限り飲まない。
とにかく、余計な力を使わずに、身体の治るに任せる。
だから僕はとにかく寝る。
症状や場合によってはそんな悠長なこと言ってられない
世の中であることは分かってますけど、できる限りは
そうしておきたいのです。

10回近い下痢でトイレに駆け込む以外何もせず、
結局病院にも行かずに日が暮れて、それでも体調は
随分安定してきた感じがある。結構汗もかいた。
一応とある本などを読むと、インフルエンザウィルスの
働きの中和に梅干が効果的であるとのこと、
ああ、俺の判断間違ってなかった、というより冷蔵庫に
梅干しかなかったのだが。
映画「めがね」でも言ってたよ「梅はその日の難逃れ」って。
梅干、毎日食べましょう。

眠り続けた夜10時過ぎ、同じアパートに住む
会社の後輩が気を使って電話をかけてきて
食事は済ませたかと訊いてきてくれた。
ありがたい。よくできた後輩くんである。
大丈夫だよありがとう、と伝えるも
結局いくつか差し入れをしてくれる。ええ男や。
回復途中に食べるのとは違う、と思いつつも、
もらったヨーグルトなど食べてしまう。あー負けた。
そしてまた眠る。

土曜日の朝、倦怠感が少しと、腰あたりの軽い痛みを
除けば、概ね回復。自覚症状がないという意味で。
しかし自重して本日も安静を保つことに。
本当なら東京に遊びに行ってたはずだったんだよなー。
大体症状が回復してしまうと、いよいよ病院に行くのが
億劫で、結局今回は風邪なのかインフルエンザなのか、
あるいはそれ以外の奇病なのか、わからないままである。
でももういい。
土曜日は少しパソコンをいじったり、音楽を聴く気分にも
なったし、寝たり梅干食べたりたまにトイレ行ったりして
割と楽に過ごせるようになって安心する。そして眠る。

しかし今回はええ教訓になりました。
名古屋に越してきてから、生活、特に食生活については
かなり乱れてたし、それが体調だけでなく、生活や仕事、
その他諸々の感受性に悪いスパイラルを作ってきていた
ような気がしていたので。

よし、昼飯作ろう。
病気してよかったな。
みなさまもどうぞ、おなかたいせつに。
先週末、映画「めがね」を観る。
与論島の広々ときれいな海と空。突如として
行きたくなりました。ミーハーだから。
土曜日の夜に着いて、月曜日の夜に本土に戻る
という日程で、早速調べにとりかかりましたが、
いろいろ考えると今回の日程では慌ただしすぎ
るので、とりあえず今回の南島熱は沖縄で冷ます
ことに。祝・沖縄初上陸。

目的はあんまりなくて、斎場御嶽という場所に
行けたらOKで、あとはちょうど開催されてい
るらしい「おきなわ時間美術館」を覗いてみよ
うと思っています。

いつもどおりの無計画旅行。高くつくとわかっ
ていながら、衝動を抑えられない。ここが自分
の長所であり短所であると、痛感はしているの
ですが。
日曜日の夜、仕事を終えて映画を見に行く。

「街のあかり」
アキ・カウリスマキ監督の作品。
一人の男の孤独と挫折が、淡々と描かれる。
余分な描写も複線もなく、それでいて過不足なく
人物や背景を映していて、上質の短編小説とか、
あるいは俳句や詩を読むのに近い味わい。

ぱっとしない日常のシーン、俳優だってなんだか
ぱっとしない、なのに映像はきりっと引き締まって
いて、見ていてあきない。

しがない警備員である主人公の部屋が妙に洒落ていて、
フィンランド、文化度高いなあと思ったり。

最後、うちひしがれた主人公に差し伸べられる手の
ぬくもりが伝わってくるよう。

派手さは全くないけれど、心に残る映画だった。
今年のフジロックは土曜日1日だけの参加。
その中で Panorama Steel Orchestra は素晴らしかった。


僕がフィールドオブヘブンに着いたのはPSOの
演奏もすでに終盤の頃。
木々に囲まれたボードウォークを歩いていると遠くから
「I Want You Back」のメロディが聴こえてくる。
ヘブンでは東京の天然酵母パンの老舗「ルヴァン」が
毎年出店していて、ここのパンを食べるのが僕の中では
フジでの定番というか一つの儀式となっている。
今回もステージより先にルヴァンへ行って、車麩の
ラフティ風サンドと梅酒のソーダ割りを注文。
車麩は少しだけピリ辛の味付けで、車麩の汁がパンに
しみ込んでなんともいえぬうまさ。
腹ごしらえも早々に、梅酒を飲みながら人混みをすり抜け、
ステップはできるだけ曲のテンポに合わせ ながらステージ
前方に向かう。
PSOは総勢35名からなるスティールパンのオーケストラ。
ステージいっぱいに並んでいるのが壮観。
まさにパノラマ。
みな同じ鮮やかなブルーのTシャツを来て、銀色に輝く
スティール パンを叩いている。叩くたびにパンはキラキラと
揺れて、 僕に行ったこともない南の島を思い描かせる。

スティールパンは中南米(トリニダード・トバコだったか)
生まれの楽器。元々は石油を詰めるためのドラム缶を、
現地で奴隷として使われていた黒人の人たちがうまいこと
改良して新しい楽器を作ってしまった。
暗い歴史から生まれた優しくて明るい音色は、いつだって
未来からの響きに聴こえる。

演奏はクライマックスに差し掛かり、楽団はさらに
観客をあおる。観客はリズムに合わせて踊り、跳ねて、
揺れて、タオルを振り回して、それに応える。
ステージと客席の間に幸せな渦が巻き起こって、さらに
ヒートアップしていく。みんな笑顔。
そこにはもはや演奏者と観客の区別はなかった。
音楽はついに演奏者の手を離れ、その場所、その時間に
溶けていった。その場所、その時間こそが音楽だった。


僕らは、音楽に祝福されていた。


LIVE ALIVE(DVD付)/Panorama Steel Orchestra

¥2,661
Amazon.co.jp

JUMP UP JAM/Panorama Steel Orchestra

¥2,394
Amazon.co.jp
以前とくらべて自分自身の感受性が
鈍っているような気がする。
それどころか何だか狭量な人間になっている
ような気も。
それは環境のせいか、体調のせいか。

環境に文句をつけても変わらないから、
自分を変えるしかないなあ。

「生命は動的平衡にある流れである」
とは
福岡伸一氏の著書「生物と無生物のあいだ」
(講談社現代新書)にある一節

生命を構成する物質は、絶妙なバランスで
絶えず入れ替わり変化しながら生命を生命
たらしめている。
無限の変化が安定を作り出している。
変化こそが生命の本質。

生物と無生物のあいだ/福岡 伸一

¥777
Amazon.co.jp


今日はいい天気。さて、街に出よう。
大阪・中崎町にあるカフェ「コモンカフェ(common cafe)」。
ここは日によってマスターが入れ替わる面白いカフェ。
それはカフェ営業を志す人のトライアルの場であったり、
あるいはライブコンサートや演劇公演の場であったり、
たくさんの人の様々な思いを表現し実現する場となっています。

そのコモンカフェの主宰である山納洋さんが書いた新しい本、
「コモンカフェ 人と人とが出会う場のつくりかた」。

全く違うバックグラウンドを持つ人たちが出会い、場を共有し、
交流しやがて新たな流れ・動きが生まれる。
そんなダイナミックな動きを生み出すべく、山納さんが奔走してきた
様々なプロジェクトの軌跡や内側が記されていて、読みながら
その場に居合せた時の高揚感も味わえます。

コモンカフェ―人と人とが出会う場のつくりかた/山納 洋

¥1,575
Amazon.co.jp

(「コモンカフェ」本のブログ)
http://commoncafebon.blogspot.com/

僕自身も大阪在住の頃はよくコモンカフェに行って、
ご飯を食べたりお酒を飲んだり遊んだりしてたくさんの
人と知り合うことができました。

思えば普段、知らない人と話をする機会なんてほとんど
ありません。たいがい会社だったり、学校だったり、自分の
既知の小さな輪の中で完結してしまい、それはそれで大事な
ものだけれども、世界の見方が狭く、偏りがちです。
情報ネットワークの発達から遠方の人や見ず知らずの人との
コミュニケーションも容易になったとはいえ、実際に出会うこと
の重要性は少しもゆるぎません。むしろさらに重要になっている
のではないでしょうか。

内輪だけの盛り上がりではない、オープンな状況。
偶然の出会いが、思いがけない方向に転がる面白さ。
そんな雰囲気を持ち、あらゆる人が行き交いする場所。
家でもなく、会社でもない、第3の場所。
ただお茶や食事をするためだけの場所ではない、新たな出会い、
発見のある場所として、コモンカフェは今日も動いています。
ぜひ一度、コモンカフェに足を運んでみて。
まずはそこからです。

(コモンカフェのブログ)
http://www.talkin-about.com/cafelog/
(コモンカフェの地図)
http://www.talkin-about.com/cafe/map.html