映画『ラストサムライ』で渡辺謙はトム・クルーズに介錯してもらうように腹に刀を刺し、体を支えてもらいながら、トム・クルーズの肩越しに風に散る桜を眺め、いまわのきわに

「Perfect…」

と言う。

 なぜ、Beautiful やWonderful やGreat ではないのか?


 彼は散る桜を何かと比較して美しいと感じたわけではないのだ。

 ただ散るべくして散る桜が、何一つ矛盾していない、自然の一部であって、死にゆく自分もその一部であり、完璧なものなど何一つないこの世界の中で、刻一刻と変化し続ける、その宇宙のシステムだけが完璧なのであって、それは比較するようなものではなく、永遠の時の流れの中で、ほんの一瞬、自分がその一部に交わり、そして消えゆく、今この時の彼自身の諦念と風景の調和が完璧なのだ。

 

 むかしこの映画のプロモーションにトム・クルーズが来日した際、筑紫哲也がインタビューをした。

 トム・クルーズは『武士道』という本を読んで、映画の撮影に臨んだ、と語った。

 インタビューは武士道と日本人に関して進み、最後に筑紫哲也が

「今日はあなたにプレゼントがあります」

と英語で言った。

 トム・クルーズは小さくサンキューと言った。

 筑紫哲也はおもむろにジャケットの内ポケットから財布を取り出し、紙幣を一枚抜き取り、それをトム・クルーズに渡した。

 トム・クルーズはきょとんとしながらそれを受け取った。

He is the author of Bushido.」

と筑紫哲也が言うと、トム・クルーズの目は輝き、それから笑顔になって、その五千円札の肖像画に食い入るように見入った。


 この映画に賛否両論あるだろうけど、小雪が最も美しい時に撮った映画だ。三丁目の夕日の小雪もいいけど、ラストサムライの小雪もいい。

 トム・クルーズだって、トップガン(初回作)は若すぎだし、トップガン(マーヴェリック)はチャーリーシーンみたいになっているし、ラストサムライの頃が少し枯れていて、一番かっこいいと思う。

 当時、小雪26歳、トム41歳。俺33歳。


 トム・クルーズに五千円札をプレゼントした5年後に筑紫哲也は亡くなった。73歳。


蛇足

 かみさんがこのブログを読み、なんやら言ったので

「所詮、フィクションだよ。日本の武将が死ぬ時、最期の一言を英語で言うわけがない」

と僕が言うと、かみさんは

「だからあんたは馬鹿なんだ」

と言う。「そこに誰がいたんだよ?どんな時だって、そばにいる人のことを考えるんだよ。それが日本人だろ?」

 僕は考える。

 「Perfect 」は、独り言ではなく、トム・クルーズに対して言ったのだとすると、さらに意味が膨らむ。

 見事に介錯をしてくれたトム・クルーズへのThank youの意味も含まれてきて、むしろ、そう解釈した方が、パーフェクトに近く思える。

 ち。