久しぶりの更新です。
前回の更新から3ヶ月近くあきました。
この間なんとなく体調もすぐれなく…ブログを書く気力もなく…本当に毎日が怠くて怠くて仕方がありませんでした。今もあまり体調はよくありませんが時間をみてまたブログを書きたいと思います!
それから転院の準備。受け入れ先の病院とのやりとりや準備などで30分以上はかかってたかな?この時点で6時過ぎ。入院した時より赤ちゃんの心拍が下がる事が多くなってきていたので「ここで帝王切開は出来ませんか?」と先生日本聞いてみる。
「赤ちゃんの為にも設備の整った所で出産した方がいいからね。」と先生に言われ...
何度も「赤ちゃんは元気ですか?」って聞いても「う~ん」と言うだけで元気だとは言ってくれない事に私は不安なのに妙に冷静だったな~。
そして準備が整い出発という時になってまた赤ちゃんの心拍が下がりはじめる。先生もさすがにここから2時間かけて移動するのは母子共に何かあると危険だと判断したのかかなり悩んでいた。そして「もうここで出しましょう」と言われ急遽、帝王切開の準備をする事に。この時で6時半。赤ちゃんは結構厳しい状態だったのか「産まれたら赤ちゃんだけ救急車で向こうのNICUのある病院に運びます」と説明を受ける。そう言われても私は上の子の時も早産で同じ事言われたけど結局産まれたら問題なくて大丈夫だったし、今回も大丈夫だろうと思っていた。
助産師さんや看護士さんが慌ただしく準備する中先生はずっとモニターで赤ちゃんの心拍をチェック。
この頃になると赤ちゃんの心拍がなかなかとれなくなっていた。先生や助産師さんの顔色が変わってきているのを見て私も駄目なのかな…と思いはじめ涙がとまらなかった。ずっと側にいてくれた旦那も泣いている…。二人の子供達だけは無邪気に笑っていた。
2016年6月6日 娘を死産しました。名前は女の子とわかった時から「芽生(めい)」と決めていました。

次の日に最後の妊娠検診を控えていた6月6日の夜中の3時半頃なんとなくお腹が少し張るような気がして病院に電話。旦那と上の子供達を起こして病院へ。一週間後に帝王切開の予定だったので車の中で「もしかしたら今日、帝王切開で産まれるかもね~」なんて呑気に話しながら…

病院に着いて赤ちゃんの心拍を図るモニターを着けてもらい私はお腹の痛みも全然なかったので子供達と楽しく話していました。しばらくすると助産師さんが来て「心拍が安定しないね~」と言われ機械を着ける位置を変えたり私の体勢を変えたりしていました。それでも助産師さんは何か気になっていたみたいで「一応、先生に見てもらおう!もしかしたらこのまま帝王切開になるかもしれないから用意だけはしておくから食事も水分もとらないでね。」と言われいよいよ赤ちゃんに逢えるのかな~なんてちょっとワクワクしていました。
そんな私とは反対に助産師さんは心配そうにモニターをチェックしてくれていて5時頃先生も診察に来てくれました。先生から「ちょっと心拍が心配だから今からNICUのある病院に救急車で行ってそこで緊急帝王切開をした方がいいと思います。」と言われ私も旦那も急な事で動揺を隠せなかった。ここからNICUのある病院までは救急車でも2時間はかかる。
その間に何かあったら?赤ちゃんは大丈夫なの?
心拍が安定しない原因は?もうこの時の私はかなりパニックになっていました。