1997年に、現在地に移築・復元した施設です。
 
 
主屋

 
 

北側は居住空間

南側は医療施設

 
 
西の門
右が主屋
 
 
奥が客間
手前が手術室
 
 
客間
 
 
 
客間の北側に奥居間
寝ているのは、妻 加恵 という設定。
 
 
奥居間の東に隣接する居間
ん?上に引き戸がある?
風を通すため?
壁の向こうは、手術室。
 
 
 
 
主屋東側に炊事場
この炊事場の東側に防火水槽が設置してあります。ほんと合理的。
R形状にすることで、あれこれ重ねてするには便利でしょう。
手術には、たくさんのお湯が必須でしょうし、家族、使用人、塾生分の炊事だけでも大変。
現代ならL字型キッチンということになるのかな。
 
この形の炊事場、珍しいと思い調べてみました。
炊事場の西側はお茶の間で、機織機囲炉裏があります。
青洲の妹の於勝と小陸が、機織りに励んだようです。
この手前(南側)には控室があります。
 
 
手前が控室
奥が手術兼薬調合室
外科・整形外科・泌尿器科・耳鼻・眼科・産婦人科などを施術し、乳がん切開摘出手術は合計153回行ったようです。
 
 
 
主屋の北側には米倉兼使用人部屋がありました。
 
 
内部
 
 
2階へ
 
2階
 

 

 
 
こういった家屋の形態は、私が幼いころには、まだ実家エリアあたりには、当たり前のようにありました。
 
現在は区画整理され、建て替えられた家屋ばかりになり、こういった家屋は取り壊されてしまいましたが。
 
1700年代後半から1800年代前半を生きた華岡青洲。
 
西洋医学が入ってくる前に、すでに動物実験を重ねて、最終的には家族に麻酔を使用し手術の成功を見、女性の乳房が「岩」状になる乳癌の摘出手術をした。
 
果敢な方ですよね。
 
こんな田舎では外聞も悪かったでしょうに、負けずに成功へと歩を進めたモチベーション。
 
完璧を目指していたことが、施設の形態からわかりました。
 
 
かねてから行きたくて仕方なかったスポットだったので、行けてよかったです。
 
残念ながら、暑すぎて、九度山の真田幸村ミュージアムは、道の駅で休憩をしただけでスルーしてしまいましたが。