お久しぶりに書きます。
ブログを書いていない間、いろいろありました。
今も、フリーズしたままの「いつか」から、書いていこうと思います。
私と義母は、仲良しではありませんでした。
高齢者生活改善プロデューサーなんて名乗りながら、身近な高齢者と分かり合えないヤツです。![]()
まぁ、そこに関しては、万人に好かれることはない。大して気にしていませんでした。
元気なうちは関わらず、何かあったときは駆け付ける。
そう思っていました。
「いつか」寝たきりになった時には、これまで関われなかった分もお世話をする。
そう決めて、ケアマネさんにも伝えていました。
だけど——
「いつか」は、お義母さんの突然死によって
フリーズしました。
もう、「来ない日」になったのです。
とことん、ご縁がなかったのでしょうか。苦笑いです。
お義父さんから電話を受けた時、
全身が震え、
目の前が真っ白になりました。
それでも、電話の向こうで、警察の方と耳の遠いお義父さんの会話がかみ合っていないことに気づいて、
震える声で「今すぐ行きます」と伝え、車を走らせました。
しばらく、お義母さんに会うことはできず、状況確認が続きました。
私にできることは、何もありませんでした。
美談にはなりません。
結局、私は何も出来ませんでした。
……それも、神様の思し召しなんでしょうね。
看護を学び、
看取りを学び、
介護講師をしていても——
「死」を前にすると、無力です。
お義父さんのそばにいること。
それが、その時の私にできる精一杯のことでした。
義母の死は、それまでの私のすべてをフリーズさせました。
「いつか」
文句を言われながら、時にはケンカしながら、同じ時間を過ごす日。
「いつか」
最期のその時、手を握って、
夫を産んでくれたこと。四人の母になれたこと。
お義母さんのおかげです、と伝える日。
仲良くなれなくてもいい。
それでも「いつか」伝えられたら。
家に帰って、たくさん泣きました。
すべてがフリーズして、私はたくさんのものを手放しました。
考えること。
動くこと。
……何もかも。
それでも、時間は過ぎていきます。
4月になって、新しいことも、いくつか始まりました。
私は、いつも通り笑って、いつも通り楽しんでいます。
そんな自分を、
どこか遠くから見ている私もいます。
置き去りになってしまった
「いつか」
私はこれからも、叶わなかったお義母さんとの
「いつか」を思い描きながら、生きていきます。
そして——
この思いを胸に、在宅介護の普及を、これからも続けていきます。
さよなら、
お義母さん。
ありがとうございました。
今日も、ご縁に感謝して。
