“外的コントロール心理学”
③ー1
選択理論心理学提唱者
ウイリアムグラッサー医学博士は
世の中の心理学には
立ち位置(スタンス)の異なる
2つの心理学がある
ことを説明しています
2つの心理学には
外的コントロール心理学と
内的コントロール心理学と呼ばれ
それぞれに
スタンスの違いを表す信条
があります。
(選択理論心理学は
内的control心理学のうちの1つで
外的control心理学ではありません。)

【外的コントロール
心理学の信条】
①私は、簡単な刺激で反応する
(私の行動の動機は外側にある)
②私は、他人をコントロールできる
同様に、他人も私を
コントロールできる
③私は、相手にとって
何が正しいのかを知っている
私には相手の誤りを正す
道義的責任がある
今回は外的コントロールの③ー1を…

外的コントロール心理学
【第③信条】
私の言うとおりのことをしない人を
ばかにし、脅し、罰を与える、
あるいは、言うことを聞く人に
褒美を与えることは、
正しいことであり、
私の道義的な責任である。
(参考文献P.38…)
この信条を常識だと思われるなら…
外的コントロール心理学を信じている
のかもしれません。
第③番目の信条は、
最も破壊的なもので、夫、妻、親、
教師、上司は自分の言うことを
聞くことが相手のためになると
信じているので、
従わない選択をする人を脅し、
罰を与え、褒美を与えることは、
自分の権利、義務、道義的責任である
と信じている。
(参考文献/P.39、7行目~)

これらの信条の基盤に
外的コントロール第①信条の
私たちは外側から動機付けられる
というのがあります。
すると…
私達は外側からの刺激にコントロールされるし、自分の周りの人達をコントロールできる…という思考の第②信条に繋がります。
そして…
自分は正しくて相手は間違ってるんだ
から、外側からの刺激を使って相手を
正してやろうと働きかける事は、
当然の正しいことで責任なのだ
と第③信条に繋がっていきます。
本当にそうなのしょうか…?
刺激で変えられるのなら…
操り人形と同じ
といえるのかもしれません。
人が操り人形と同じなら
あなた自身も操り人形と同じ
ことになります。
でも…
人は操り人形ではないでしょう

では…
“正しさ”“当たり前”
“普通”“当然”……
とはなんでしょうか?
“常識”も国が違えば異なります。
http://matome.naver.jp/m/ odai/2136869983175606801
(こちらをクリック)
“時代”が違えば正しさも
異なったりします。
http://blogs.yahoo.co.jp/yang_the_magicians/45810831.html
(こちらをクリック)
“宗教・信仰”が違えば
正しさも異なりします。
http://sticky-vision.com/business-abroad-local-customs/
(こちらをクリック)
また、
一般的に野菜の王様とされ
健康に一役かっている
ブロッコリーも、
心臓の薬を飲んでいる人にとっては
薬の効果が発揮されず
体を害する食べ物になります。
(拮抗作用をもたらす為)
畑の肉とされる豆から出来ている
納豆もブロッコリーと同じように
心臓病の薬を飲んでる人にとっては
身体を害します。
また、
納豆嫌いな人にとっては、
いくら身体にいいとされていようが
食べるのは地獄。
逆に精神を蝕む良くないもの
となります。

交通事故も…
どちらにも回避出来うる行動が
あった場面の10対0ということは
ほとんどないとか…。
“喧嘩両成敗”何て言葉もあります。
こっちから見れば正しい
あっちから見れば違って見える。
あっちから見れば正しい
こっちから見れば違って見える。
同じものや状況を見ていても
どう捉えるかは人によるものです。
そして…
第3者的に冷静に見直した時に
どちらにも一利あること
が見えてくることも多いでしょう。

スポーツはルールにのっとって
勝敗を決めます。
ですが…
周りから見たら今のは
アウトと思っても
審判の目で判断して
勝敗を決められます。
どれが正しく
どれが間違っている
というのを決めているのは
誰でしょうか…
その道・そのことに
力のあるものが決定しています。
スポーツの世界だけではありません。
権威者・権力者がAと言えば、
現実はAとなり、
権威者・権力者がBと言えば、
Bとなったりもします。
裁判でも…
Aさんがいってる事が正しいのか?
Bさんがいってる事が正しいのか?
判決をする裁判官が、
最終的に何をもって
どっちが正しいのかを
決めていきますね。
その裁判官が基準になっています…。
他にも…
人は、体質も性質も、
親も家族も環境も経験も、
経験から感じることも、
経験から学ぶことも、
様々な事に違いがあります。
そして個々が
色々な情報をもとに
物事を見ていきます。
物事の見方が違えば、
正しさにも個人差やズレがあるのが
当たり前なのかもしれません。
そんなことを考えてみると…
今、正しいと思っていることには
そう思う情報が個々にあるわけです。
すると…
正しさとはひとそれぞれなのかも。
それを正すが正さないかは
誰が決めるのでしょうか…?
自分の領域?
相手の領域?

外的コントロール第3信条は
相手の領域に手足を踏み入れる
ことになりるのかもしれません。
どういうことかと言うと…
極端な話…
相手の運転する車に強引に乗り込み、
相手の操作するハンドルを強引に握り、
こっちでしょ!と、
強引に行き先を変えてしまう行為
といえるのではないでしょうか。
すると…
どんな結果が訪れるでしょうか…?
あなたなら…
もし、強引に方向を
変えられたら…
どんな風に感じますか?
どんな表情になり、
どんな言葉が頭に浮かび、
どんな態度・対応をする
でしょうか?
そして…
自分の領域に
ノックなく入り込んで
行き先を変えた相手を
どんな風に見て…
もっと仲良くしていきたい?
それとも…
距離をおきたくなる?
次回は
外的コントロール心理学第3信条を
用いた例をもとに
第3信条を紐といていきたいと思います。

いつも空からは
ぽかぽかあたたかな光が
降り注いでいます
愛…希望…勇気…癒し…
たくさんの人々が
ぽかぽかあたたかい愛の光に
包まれていることを
感じられますように…
いつも有り難うございます
感謝(*´-`)
【参考文献】
≪グラッサー博士の選択理論≫
著者:ウイリアム・グラッサー医学博士
翻訳:柿谷 正期 氏
(選択理論心理学の日本の第一人者)

③ー1
選択理論心理学提唱者
ウイリアムグラッサー医学博士は
世の中の心理学には
立ち位置(スタンス)の異なる
2つの心理学がある
ことを説明しています
2つの心理学には
外的コントロール心理学と
内的コントロール心理学と呼ばれ
それぞれに
スタンスの違いを表す信条
があります。
(選択理論心理学は
内的control心理学のうちの1つで
外的control心理学ではありません。)

【外的コントロール
心理学の信条】
①私は、簡単な刺激で反応する
(私の行動の動機は外側にある)
②私は、他人をコントロールできる
同様に、他人も私を
コントロールできる
③私は、相手にとって
何が正しいのかを知っている
私には相手の誤りを正す
道義的責任がある
今回は外的コントロールの③ー1を…

外的コントロール心理学
【第③信条】
私の言うとおりのことをしない人を
ばかにし、脅し、罰を与える、
あるいは、言うことを聞く人に
褒美を与えることは、
正しいことであり、
私の道義的な責任である。
(参考文献P.38…)
この信条を常識だと思われるなら…
外的コントロール心理学を信じている
のかもしれません。
第③番目の信条は、
最も破壊的なもので、夫、妻、親、
教師、上司は自分の言うことを
聞くことが相手のためになると
信じているので、
従わない選択をする人を脅し、
罰を与え、褒美を与えることは、
自分の権利、義務、道義的責任である
と信じている。
(参考文献/P.39、7行目~)

これらの信条の基盤に
外的コントロール第①信条の
私たちは外側から動機付けられる
というのがあります。
すると…
私達は外側からの刺激にコントロールされるし、自分の周りの人達をコントロールできる…という思考の第②信条に繋がります。
そして…
自分は正しくて相手は間違ってるんだ
から、外側からの刺激を使って相手を
正してやろうと働きかける事は、
当然の正しいことで責任なのだ
と第③信条に繋がっていきます。
本当にそうなのしょうか…?
刺激で変えられるのなら…
操り人形と同じ
といえるのかもしれません。
人が操り人形と同じなら
あなた自身も操り人形と同じ
ことになります。
でも…
人は操り人形ではないでしょう

では…
“正しさ”“当たり前”
“普通”“当然”……
とはなんでしょうか?
“常識”も国が違えば異なります。
http://matome.naver.jp/m/ odai/2136869983175606801
(こちらをクリック)
“時代”が違えば正しさも
異なったりします。
http://blogs.yahoo.co.jp/yang_the_magicians/45810831.html
(こちらをクリック)
“宗教・信仰”が違えば
正しさも異なりします。
http://sticky-vision.com/business-abroad-local-customs/
(こちらをクリック)
また、
一般的に野菜の王様とされ
健康に一役かっている
ブロッコリーも、
心臓の薬を飲んでいる人にとっては
薬の効果が発揮されず
体を害する食べ物になります。
(拮抗作用をもたらす為)
畑の肉とされる豆から出来ている
納豆もブロッコリーと同じように
心臓病の薬を飲んでる人にとっては
身体を害します。
また、
納豆嫌いな人にとっては、
いくら身体にいいとされていようが
食べるのは地獄。
逆に精神を蝕む良くないもの
となります。

交通事故も…
どちらにも回避出来うる行動が
あった場面の10対0ということは
ほとんどないとか…。
“喧嘩両成敗”何て言葉もあります。
こっちから見れば正しい
あっちから見れば違って見える。
あっちから見れば正しい
こっちから見れば違って見える。
同じものや状況を見ていても
どう捉えるかは人によるものです。
そして…
第3者的に冷静に見直した時に
どちらにも一利あること
が見えてくることも多いでしょう。

スポーツはルールにのっとって
勝敗を決めます。
ですが…
周りから見たら今のは
アウトと思っても
審判の目で判断して
勝敗を決められます。
どれが正しく
どれが間違っている
というのを決めているのは
誰でしょうか…
その道・そのことに
力のあるものが決定しています。
スポーツの世界だけではありません。
権威者・権力者がAと言えば、
現実はAとなり、
権威者・権力者がBと言えば、
Bとなったりもします。
裁判でも…
Aさんがいってる事が正しいのか?
Bさんがいってる事が正しいのか?
判決をする裁判官が、
最終的に何をもって
どっちが正しいのかを
決めていきますね。
その裁判官が基準になっています…。
他にも…
人は、体質も性質も、
親も家族も環境も経験も、
経験から感じることも、
経験から学ぶことも、
様々な事に違いがあります。
そして個々が
色々な情報をもとに
物事を見ていきます。
物事の見方が違えば、
正しさにも個人差やズレがあるのが
当たり前なのかもしれません。
そんなことを考えてみると…
今、正しいと思っていることには
そう思う情報が個々にあるわけです。
すると…
正しさとはひとそれぞれなのかも。
それを正すが正さないかは
誰が決めるのでしょうか…?
自分の領域?
相手の領域?

外的コントロール第3信条は
相手の領域に手足を踏み入れる
ことになりるのかもしれません。
どういうことかと言うと…
極端な話…
相手の運転する車に強引に乗り込み、
相手の操作するハンドルを強引に握り、
こっちでしょ!と、
強引に行き先を変えてしまう行為
といえるのではないでしょうか。
すると…
どんな結果が訪れるでしょうか…?
あなたなら…
もし、強引に方向を
変えられたら…
どんな風に感じますか?
どんな表情になり、
どんな言葉が頭に浮かび、
どんな態度・対応をする
でしょうか?
そして…
自分の領域に
ノックなく入り込んで
行き先を変えた相手を
どんな風に見て…
もっと仲良くしていきたい?
それとも…
距離をおきたくなる?
次回は
外的コントロール心理学第3信条を
用いた例をもとに
第3信条を紐といていきたいと思います。

いつも空からは
ぽかぽかあたたかな光が
降り注いでいます
愛…希望…勇気…癒し…
たくさんの人々が
ぽかぽかあたたかい愛の光に
包まれていることを
感じられますように…
いつも有り難うございます
感謝(*´-`)
【参考文献】
≪グラッサー博士の選択理論≫
著者:ウイリアム・グラッサー医学博士
翻訳:柿谷 正期 氏
(選択理論心理学の日本の第一人者)



























勇気
癒し
…


