すでにInstagramでupしてる内容だけど自分の記録用に
私のピアノ人生のうえで、
輝かしい舞台へ導いてくださった偉大なる先生。
3大恩師の1人、岡原先生

定年退職
なさるということで、
なさるということで、本当は今週末にある退職パーティーお誘いいただいたのだけど、どうしてもどうしてもどうしても‥スケジュールが付かず
審査員で東京に来るというのをお聞きし、
ほんのちょっとでもお会いできれば!と思い、
駆けつけました

卒業してちょうど20年。
20年経っても先生の偉大なるオーラは健在で、この私が引くくらいしどろもどろになってしまった


(笑ってピースしてるけど、顔は痙攣してるし手はめっちゃ震えるしで、まじ超ヤバかったꉂ🤣𐤔)
颯爽と消えゆく先生を後目に、
もはや私は緊張で砕け散りそうだったけど
わずか数分だったのに、一瞬で20年前の学生の頃の自分に戻った
先生との思い出は、語ると止まらないけど笑
(でも、語る
長くなるよ
笑)
長くなるよ
笑)2回生に上がる直前の春休み
いろいろいろいろいろいろ大人な事情があって、突然門下を失い
笑
超絶絶望に陥っていた私たちを拾っていただいた救世主
笑
笑毎回レッスン始める前に先生自らコーヒー
を入れて下さり、優雅な時間からスタートしてたけど、実はレッスン直前は毎回いつも緊張しすぎてお腹壊してました
爆笑
恐らく、あの強烈な緊張のレッスンを受けていたからこそ、試験でも演奏会でも、
『ただのレッスンの延長先だ
』
と自分に言い聞かせ、乗り越えられたのだと思う笑
1回生の時の先生に、
レッスンのペアだった優秀な先輩が教育実習で不在だった、とある日のレッスン終わりに、
「お前がオペハに立てる日は一生来ない」
(オペハ=音大の大ホール)
と突きつけられたあの一言に、
衝撃
とショック
を受けていたけれど‥
岡原先生のおかげで、
幼稚園の時以来、大人になって初めて1位をとり、卒業演奏会への切符を掴みました



(1位といっても卒業試験の中でだけども笑)
まさか自分の名前があるとは思わず、誰よりも自分が1番驚いてたのも忘れられない思い出の1つ

その後のオーディションでも、
オーディションに残っているだけあってとにかくみんな素晴らしい演奏されていたので、たまたま掴んだ卒業演奏会ではあったのだと思うけど‥
それでも私としては、
猛烈な反対を押し切って受験させてくれた親に対して恩返しができて良かった‥と思ったのと同時に、
何よりも、1回生の時に言われたあの一言が忘れられなかったので、
“ようやく見返せる日が来た
”
”と思ったけど、直接その先生に見せつけられなかったのは正直悔しかった‥
当時より、
“演奏は本来競うものではなく楽しむものだ!”
‥と岡原先生はおっしゃっていましたが、あの頃の私は結果を出すことでしか伝えることができなかった、、
あんなに頑張ったはずのピアノスキルも、
卒業演奏会を境に、絶好調に下り坂だけど
笑
笑卒業演奏会に出られたのも、
新人演奏会に出られたのも、
先生の門下に入れてなかったら、そもそもそこにはたどり着けていなかったと思うので、たった1年ではあったけど、とても濃厚な学生生活を送らさせていただきました。
たった1年しかお世話になっていないにも関わらず、またたくさんの生徒さんがいる中、こうして今も同期含め私たちのことを覚えてくれていて本当光栄です
奇跡的にみんなで参加出来た9年前の還暦パーティーの時のように、残念ながら今回は集まれませんでしたが


日を改めて、同期メンバーとみんなでぜひ集まりましょう

そして、先生が目指していた、
“ピアノカーニバル”
(競わない楽しむ演奏会)
を直接観に行くことができ、嬉しかったです。
スキル関係なく、楽しみながら演奏されてる皆様はとてもキラキラして輝いていました
技術のみならず、本来忘れてはならぬ音楽を楽しむ大切さを、大人になった今でもこうしてご教示いただきありがとうございました。
岡原先生、ありがとうございました
そして、お疲れ様でした
(9年前の還暦パーティー、
先生より目立とうとしてすみませんでした
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