ペルーのクスコからリマまでバスで21時間。そのあと飛行機でいざブラジルサンパウロへ!
リマからの飛行機は結局4万4000円で取得。高いー><
実は1日前までは3万円で買えたんです。
ネットで調べても安いチケットがなかったので、旅行会社を10軒程まわる。
もっと安いのがあるはず!と思ってぐるぐるしてたら結局3万円台のチケット売り切れちゃった!
あーよくあるよくある!わかってたはずなのに
って初めて絵文字を使ってみた!こんあに簡単に使えるんだ
すごー!
一番安いチケットならなんでもいいやと思って取ったチケット。なぜか着いた先はパナマでした。
PANAMAで乗り継ぎとは書いてあったけど、ペルーの中の一つの都市の名前かと思ってました。
着いたのは中米パナマ。びっくりしてイミグレの人に、私パナマにいるんですか
と聞いたら、
向こうもびっくりして君はパナマにいるんだよ。と教えてくれました。
そんな話は置いといて、無事サンパウロに着き、ペンションナミへ。
部屋に入るとなぜかみなおばあちゃん!私以外皆おばあちゃん!
この宿、今までの宿とかなり違います。泊まってる人が、私意外みんなおばあちゃん!!!
ここのオーナーのナミさんは日系人で、だから泊まってるというか住んでる人たちも皆日系1世とか2世とかの人達ばかり。
宿のおばあちゃんから日系移民の歴史をたくさん話してもらいました。日系移民博物館にも連れていってもらいました。
宿のおばあちゃんの一人ヨネ子さんは、2世で、お父さんとお母さんが日本人、ヨネ子さんはブラジル生まれブラジル育ち。
でも去年まで14年間、日本の気象庁で働いていて、今はまたブラジルに住んでいる。
よね子さんのお父さんとお母さんは日本からお金を稼ぐつまりでブラジルにやってきたけど、お金を稼ぐなんてことはもちろんできなくて、コーヒー農園ですごく苦労しながら働いたんだって。
そのうちに戦争が始まってしまったから、ヨネ子さんのお父さんとお母さんは日本に帰ることもできず、家族と連絡取ることもできず、ブラジルでは日本語を外で話すことすら禁止されてしまったんだって。
日系移民博物館によれば、ブラジルと日本の国交が結ばれて、ブラジルのコーヒー農場(コロノ)の人手が足りなく、日本には失業者がたくさんいたので、ブラジルに行く様になったんだって。
でも実際、日本人が働いたコーヒー農園は奴隷のかわりに日本人がきただけだから、本当に大変なことだったみたい。
日系移民なんて、全然興味なかったけど、知れて良かった!
昔の人って、もちろんうちんちのおじいちゃんおばあちゃんも含めて、ほんとに苦労してがんばってるよね。そして今、こんなに優しい!
宿にいる間は色んなおばあちゃんが、たくさん話しかけてきて、ご飯くれたり、写真を見せてきたり、ほんとにずーっと話しかけられっぱなしなので、ちょっと面倒でもあるんですが私も孫の様に世話をやいてくれてとーってもかわいくて暖かいおばあちゃん達なのです。
そーそーこちらの日系おばあちゃん達の会話は面白い!ポルトガル語と日本語を全部まぜて話すんだよ!話しかけられてるのはポルトガル語なのに、答えてるのは日本語だったり、もちろん話してる途中もズーット日本語とポルトガル語が混じってるの!
最初は私に気遣って、日本語話してくれてるのかなと思ってたけど、そんなわけじゃなく、超自然に喋ってるんだって。もー聞いてるとほんとほんとおかしい。
そんなこんなで旅の終わり、楽しんでます。