あなたの感覚を、無かったことにはしない。あなたの「響き」は今も必ず鳴っている。Unbroken,we rise!
「さぁ、自分の全てに惚れていけ!」
そう言われても…惚れたら、どうなるの?って思うかもしれません。
その答えは・・・一人ひとり違います(笑)
例えば、
🔸 「ずっと欲しかった感覚」と再会できること🔸 「自分のままでよかった」と気づけること
安心、自由、信頼、つながり──自分が外に求めていたものが、じつは「自分の中にある」と知ったとき、世界は静かに、でも確かに変わり始めます。
私は、あなたが永続的に応用できるような
あなたに合った内観や自分を振り返る方法を
一緒にみつけていく人でありたいと思っています🌱
「神聖さ」という言葉には、どこか手の届かない崇高さを感じるかもしれません。けれど“特別な誰か”のことではなく、私たち一人ひとりの中に宿る“光”のことを指しているのだと私は感じています。それは「神の使者になる」というよりも、「自分もまた神の一部であることを思い出す」ような感覚です。内も外も分かたれず、自分と世界のあいだに境界がなくなっていく。すべてが同じ源から生まれ、同じ方向へ還っていく――そんな一体感。このカードがやってくるとき、それは「今ここ」に、すでに完全さがあることを知らせています。欠けているものは何もなく、直さなければいけない自分もいない。痛みも迷いも、ひとつの道の上でちゃんと光へと繋がっている。その全体性をふと感じる瞬間・・・過去の出来事も、苦しかった経験も、点だったものが線で結ばれ、「あぁ、全部ここに繋がっていたんだ」とわかるような。それこそが“神聖さ”の体感。人間の理解を軽く飛び越えたところで起こる、静かな奇跡です。だから、このカードを引いたときは、なにかを証明したり、悟ろうとする必要はありません。ただ今この瞬間に、息をして、世界と自分の境目が溶けていくのを感じてみてください。あなたがここに存在していること、それ自体がもう、神聖な出来事なのです。
「ハイアーマインド」と聞くと、とてもスピリチュアルな響きに感じるかもしれません。でも実際には、“宇宙の一部である自分”とか、“心の中の静かな導き”、もっとシンプルに言えば、「一番愛に溢れていて、一番本質にいる自分」です。それはいつも、頭で考えすぎる私たちにインスピレーションを送り続けています。「そっちじゃないよ」とか、「もう無理しなくていいよ」とか。けれど多くの人は、その声を聞こえないふりをしてしまう。つい世間の正解を優先して、自分の内側の微かなサインを後回しにしてしまうのです。藤井風さんが「何なん」という曲を作ったときのインタビューでさらっと“ハイアーセルフが・・・”という言葉を使っていたとき、あぁ、こういう感覚を自然に語る人がでてくる時代が来たんだなと感じました。彼の曲をハイアーマインドの視点から読むと、あの「何なん?」という歌詞が、”ハイアーマインド”が“リアルの中で生きている自分”に言っていると本当に考えてみると面白いですよね。いつも助けを送っているのに、その声を無視して、堂々と困難な道を選んでいく。きっとハイアーマインドに言葉があったなら「何なん?!」って呆れながらも、ちゃんと見守ってくれているんだろうなと思ってしまいます。私たちはよく、「どうすればいい?」と外に答えを探しますが本当は、ハイアーマインドの方がずっと先に知っている。それは宗教的な神でも、スピリチュアルな存在でもなく、あなた自身の中の、創造的で純粋な部分。人間的な恐れや欲、概念、世間体などを越えたところにある、透明な知恵です。このカードを引いたときは、その声に少し耳を傾けてみてください。考えるより、感じてみる。浮かんだひらめきを疑わずに、そっと受け取ってみる。それがハイアーマインドとの対話の始まりです。もしかしたら今も、あなたの中の“静かな高み”が小さくため息をついて、「やっと気づいた?」と笑っているかもしれません。
「神の子」という言葉を聞くと、少し宗教的で遠い印象を持つかもしれません。けれどこのカードが伝えたいのは、“あなたもまた、この宇宙の一部として生かされている”というとてもシンプルな教えです。ここでいう「神」は、特定の存在を指しているわけではありません。それは“見えないけれど確かに働いている力”のこと。。風や水の流れのように、私たちがどうあがこうと止められない、もっと大きなリズム日本的に言うなら、八百万(やおよろず)の神々や自然の循環といった方がしっくりくるかもしれません。このカードは、その「大いなる流れ」を思い出させてくれます。人はつい、自分の力でなんとかしなきゃと思いがちです。問題を解こうと、焦りや不安で寝ても覚めても頭がいっぱいになる。でも、「あーもう無理ーーーー!」っていう感じでもいいので、一旦、その姿勢を手放してみたり、諦めてみたり、降参してみると、人生には不思議と“隙間”が生まれます。その隙間こそ、見えない力が入り込める場所。「偶然」や「奇跡」という名前で、思いがけない助けや導きがやってくるのです。けれどそれは、特別な人だけに起きる奇跡ではありません。本当は、誰にでも平等に働いている見えない力。私たちがそれを受け取れるかどうかは、どれだけ“委ねられるか”にかかっています。だから、どうにもならないときほど、ちょっと肩の力を抜いてみてください。試しにでもいいので、自分の気を今起きている問題からそらしてみてください。その瞬間から、人生があなたの力ではないところで動き出します。このカードを引いたとき、それは「あなたは守られている」というサイン。すでにすべては与えられていて、足りないものは何ひとつありません。ただ、安心して受け取ること。あなたがこの世界に存在しているという事実そのものが、すでに“祝福”だと伝えてくれています。
「喜び」とは、ただ楽しいことやうれしいことが起きたときに湧き上がる感情だけではなく“喜びを意識して味わう力”のこと。願いが叶ったとき、私たちはつい次の目標を探したり、「まだ足りない」と思ってしまいがちです。けれど、“今”すでに与えられているもの、”今”与えられたものをしっかり受け取って味わうことこそが、豊かさの循環を生み出す鍵になります。受け取ることにも、与えることにも、遠慮はいらないのです。大げさに騒いだり広めたりする必要はないけれど、心の奥で「うれしい」とつぶやくその瞬間を、全身で感じてみてください。胸の奥に小さな光が灯り、それが身体中に広がっていくイメージで。もし余裕があれば、その光をあなたのまわりの人たちにもそっと分けていくような気持ちで。また、自らのことでなくても、みんなで成したことや自分以外の何かや誰かのことで心から喜びが湧いてくるとき、色んな人と共に喜びを感じ分かち合っていくことで、素晴らしい喜びの循環の輪が広がって、お互いに満たしあえることを、示してもいます。一方で、身近な誰かの幸せを心から喜べないときもあるでしょう。そんな自分を責める必要はありません。「今はまだ無理」と感じたら、静かに距離を置いていい。その正直さもまた、あなたを守る優しさであり、祝福されるべきものです。自分と向き合っていけば自ずと心が自然とやわらいでいく瞬間が必ずやってきます。“喜び”とは、比べることでも、無理にポジティブでいようとすることでもなく、ただただ湧き上がってくる感覚。このカードを引いたとき、あなたの中ではもう、何かしらの祝福が始まっています。小さくても大きくても、湧き上がる喜びをひとつずつ拾いながら、自分にも、世界にも「おめでとう」を。
「ヴィジョン」と聞くと、何か壮大な未来計画や使命のようなものを思い浮かべる人も多いかもしれません。でもこのカードが示しているのは、“描き出す力”というより、“開いて待つ力”。本当のビジョンは、自分をコントロールしようとしているときにはやってきません。むしろ、無防備で、何も守らず、ただ“起こること”に開いているときにだけ、ふとした瞬間に差し込むように見えてきたりします。「こうしなきゃ無理かも」とか、「もっと頑張らないと届かない」と考える必要はありません。道は、示される。あるいは、気づけば自然に流れていく。だから私たちにできるのは、心から行きたい方向を、遠慮せず堂々と見つめることだけ。その“見つめる”という行為が、すでに未来を形づくり始めています。ビジョンとは、努力で掴むものではなく、今の自分に何も足さず、何も隠さず世界に開いたときにやってくる、たくさんのひらめき達。“ヴィジョンに従う”というのは、直感やインスピレーションを信頼するということ。自分の中に流れてくる小さなサインを拾いながら、「これかもしれない」と一歩を踏み出す勇気を持つこと。このカードを引いたとき、それはあなたの内側で、すでに新しい光景が芽吹いているサインです。まだ形になっていなくても大丈夫。必要なときに、必要な出会いと出来事があなたの前に現れてくるから。だから今は、ただひらめくままに。“見ようとする目”ではなく、“見えてくる目”で。力を入れるよりは力を抜く感じで。あなたのビジョンは、あなたが開いている限り、ちゃんと導いてくれます。
「心の平和」と聞くと、何も起こらない穏やかな状態を思い浮かべるかもしれません。けれど大切なのは、“波が立たないこと”ではなく、“波が立っても戻れること”。人の心は、天気のように変わります。突然の雨、強い風、思いがけない嵐。そのたびに不安になったり、怒ったり、心の水面がざわつくのは自然なことです。大事なのは、その揺れを「ダメなこと」としないこと。波立つ瞬間があるのは、人間として生きている証。だからこそ、“戻る方法”を知っておくと楽になります。たとえば――静かな場所に身を置いてみる。深呼吸をして、自分の内側に戻る。信頼できる人に話す。身体を動かす。安全なところで泣く。楽しいことを思い出す。ちなみに私の場合は、例えば「怒り」で心が波だったら、まず一人で思いっきり発散するタイプ。会社員時代、トイレに駆け込んで個室でトイレットペーパーをひたすら引きちぎっていた思い出があります(笑)。でも不思議と、それだけで少し落ち着いて、「戻ろう」と思えるスペースができるんですよね。やり方は人それぞれでいい。「今、波が立ってるな」と気づいた瞬間に、平和への道はもう始まっています。そして、もしどうしても飲み込まれてしまうときは、無理に抜け出そうとしなくてもいい。ただ、「いま私は嵐の中にいる」と見つめるだけでも、その視線がすでに“平和の芽”になっています。心の平和は、外の状況が整って得られるものではなく、自分の内側で、何度でも選び直せるもの。一度失ったように思えても、ふとした瞬間に、静けさは必ずあなたの中に戻ってくる。このカードを引いたとき、それは「あなたの中の平和な場所が呼んでいる」というサイン。どんな嵐のあとにも、あなたの中心には、変わらない静けさが生きています。
「愛」と聞くと、誰もが知っているようで、いちばん誤解されやすい言葉かもしれません。このカードが伝えているのは、恋愛や優しさのような“甘い愛”ではなく、存在そのものとしての愛――「あなたの本質は愛そのもの」というシンプルで力のあるメッセージです。愛とは、分離ではなく“ひとつである”という感覚。だから、自分を愛することも、誰かを愛することも、突き詰めれば同じことなんです。なぜなら、あなたが愛するその人も、あなたの中にある一部だから。私たちの中には、光だけじゃなく闇もあります。怒りや嫉妬、沈黙、冷たさ、正しさ――それらは一見、愛とは正反対のように見えるけれど、実はどれも“自分を守るための愛”のかたちです。心が凍るほどの沈黙も、誰かを遠ざける冷たさも、本当は「これ以上傷つきたくない」という心を守ろうとする動きから生まれています。形が違って見えるだけで、どんな選択の裏にも「折れずに生き延びようとする愛、生かそうとする愛」がある。そう考えると、愛か恐れかという二択のどちらを選んでも、結局は“どちらも愛”なのかもしれません。恐れは愛を忘れたわけではなく、心を守るという形で姿を変えているだけです。身体の不調もまた、命を守るための愛の働きです。どこかの機能を抑えるのも、別の場所を休ませるのも、全体を保つためのバランス調整。一時的な不具合に見えるその動きの奥で、生命は今日も、あなたを生かそうとしている。つまり、どんな瞬間も愛の中にある。たとえ痛みを伴っていても、そこに流れているのは「生を繋ぐ力」。このカードを引いたとき、それは“あなた自身が愛そのものである、ということが思い出されようとしている”サインです。今どんな状態であっても、あなたはもうすでに愛の中にいるし、愛の外にでることはないのだと、ただ、思い出すだけでいいのです。
このカードが語る「清らかさ」は、完璧で汚れのない理想の人間像を指しているわけではありません。むしろそれは、“罪”という概念の外に立つということ。私たちは、日常の中で「悪かった」「傷つけた」「許せない」と自分や誰かを裁くことを、無意識のうちに繰り返しています。けれど、何が良くて何が悪いのかを決めているのは、人間社会の中で作られたルールや価値観にすぎません。その枠をそっと外して見つめ直すと、物事はただ「起こっている」だけなのだと気づきます。誰かを責めているときも、責められているときも、本当はコントロールなんてできていない。すべてはもっと大きな流れの中で、必要なことが、必要なタイミングで起こっているだけ。そう考えると、「罪」そのものも人が共に生きるために生み出した知恵のようなものに見えてきます。罰するためではなく、社会を保つための“仮の線引き”。それを越えていくとき、私たちはもう一度、人間としての優しさを取り戻します。正直にいいますと、私個人としては、「罪のない人なんていない」という表現の方が好きなんですけどね。けれどそれは、誰もが同じように“人間”であるという理解でもあります。完璧ではない私たちが、それでも愛を選び続けようとすること。その不完全さの中にこそ、ほんとうの「清らかさ」が宿るのだと思うのです。清らかさとは、裁かずに見ること。誰かの矛盾を責めず、自分の弱さを恥じず、ただ「そうだったね」と頷く静けさのこと。その穏やかな眼差しの中で、あなたは自分の無実さを思い出し、同時に、人の無実さにも気づいていく。このカードが手元に現れたとき、それは「赦し」という名の祝福が、すでにあなたの中で始まっているサインです。
セルフセラピーカードの最終章とも言えるのが、「恩恵(おんけい)」のカード群です。このグループは、私たちが日々の努力や苦闘に明け暮れる代わりに、もっと自然で楽な方法で物事を達成できることを教えてくれます。スピリチュアルな視点からのメッセージ恩恵群のカードは、精神性や霊性といった次元から私たちを見つめています。これらのカードが示すのは、頑張りすぎることへの警告と、宇宙や天や自然など、目に見えない力からの支援を受け取ることの大切さです。私たちはしばしば「努力しなければ何も得られない」と信じ込んでいますが、恩恵群のカードはその思い込みに疑問を投げかけます。実際には、もっとスムーズに、もっと自然に、物事は流れていくものだというメッセージを届けてくれるのです。恩恵群が持つテーマ性このカード群には、いくつかの共通したテーマが貫かれています。本来の自分への回帰が最も大きなテーマです。私たちは本質的に愛であり、光であり、純粋な存在であるという認識。日常の中で忘れてしまったその真実を思い出させてくれます。宇宙との一体感も重要な要素です。私たちは孤立した存在ではなく、すべてとつながっている。そのつながりを認識することで、サポートや導きを自然に受け取れるようになります。癒しと解放のプロセスも含まれています。罪悪感や葛藤といった重荷を手放し、もっと軽やかに生きることができるという希望を示してくれます。実践的な意味恩恵群のカードを引いたとき、それは単なる励ましのためにでてきたのではなく、実際に、あなたの意識が開かれ、新しい可能性が訪れるタイミングであることを示しています。インスピレーションが降りてきやすい状態、創造性が高まっている時期、あるいは周囲に良い影響を与えられる機会が来ていることを教えてくれます。これらのカードは「今、あなたには特別な力が強く働いている」というサインなのです。日常への応用恩恵群のカードが教えてくれるのは、特別なスピリチュアル体験だけではありません。日々の生活の中で、もっとリラックスして、もっと信頼して、流れに身を任せていいということです。問題解決のために必死に頭を悩ませる代わりに、静かに心を落ち着けること。無理に何かを達成しようとする代わりに、自然な展開を待つこと。そうした姿勢の転換が、かえって良い結果を引き寄せることを示唆しています。まとめ恩恵群のカードは、私たちに「楽に生きていい」という許可を与えてくれます。それは怠惰になることではなく、もっと目に見えない感覚からの支援を感じとり、受け入れてみることを意味します。このカード群全体が伝えているのは、私たちはすでに十分であり、すでに愛されており、すでに必要なものは与えられているという真実です。その認識こそが、真の癒しと変容への入り口となるのです。
このカードが伝える「豊かさ」は、単にお金や物質的な充足だけを指しているのではなく、人と人とのあいだを流れる“調和の循環”そのものをも表しています。豊かさは「ひとりで満ちること」だけではない本当の豊かさとは、誰かの犠牲や過剰な努力の上に成り立つものではありません。誰もが自分の場所でできることをして、そこで生まれたものを自然に分かち合う――そんな“循環”の中で育まれていくものではないでしょうか。> 「与える ⇄ 受け取る」が無理なく交わる場に、豊かさは存在する。それは、力のバランスが整ったときに生まれる静かな流れ。だから、「誰かが頑張って支え続ける」状態は豊かさではなく、どこかが歪んでいるサインでもあります。価値は「同じ」であっても、「同じ種類」でなくていい豊かさの循環では、交換されるものが必ずしも同じ形である必要はありません。あなたが与えた優しさは、別の場所で思わぬサポートとなって返ってくるかもしれませんし、感謝や笑顔、言葉や時間――それぞれの形で、価値あるものは巡っていきます。> 「誰かに与えたもの」は、必ずどこかで「あなたに返ってくる」。この法則を信頼できるとき、私たちは欠乏ではなく、「循環という豊かさ」の流れの中で生きられるようになります。感謝が“流れ”を呼び戻すもし今、豊かさを感じられないときは、それは流れが止まっているのではなく、流れの細やかさに気づいていないだけかもしれません。目の前の小さなことも循環の一部であると、気づくことができれば、そこに感謝が生まれ、見えなかった循環の糸が再び動き出すでしょう。生きていることそのものに感謝できるなら、それもよし。それがあまりにも・・・というのであれば、今、自分に在るもの、与えられているもの、を一つ一つ振り返ってみるとかなりたくさんの恵みの循環の中にいることに気付けると思います。まとめ「40・豊かさ」のカードは、“完結”ではなく“交わり”の中にある幸せを思い出させてくれます。誰かが作ったもの、あなたが育てたもの、そのすべてが自然な形で交差していくとき――そこにこそ、真の豊かさが生まれます。あなたの豊かさは、誰かの安心を生み、その安心がまた、あなたを満たしていく。それが、世界が描く「調和の循環」という名の贈り物です。
「成功」と聞くと、地位や数字、評価など“目に見える成果”を思い浮かべる人が多いかもしれません。けれど、このカードが伝えている成功は、もっと静かで、強く、あたたかいものだと感じています。それは、「私は私で、私の人生で、よかったのだ」と、心から感じられる状態のことです。成功の姿は、派手さよりも“循環”このカードの成功は、誰かに勝つことでも、社会的な競争に打ち勝つことでもありません。むしろ、**あなたが咲くことで誰かが安心するような成功**。それはまるで、水脈のように静かに広がっていきます。「私はこのままで咲いていい」と思えた人が、次は「あなたもね」と伝えられるようになる。そんな内側の循環と優しくて温かな連鎖のはじまりを示しているのです。“報われる”という形でやってくるこのカードは、「願いが叶う」兆しでもあります。ただそれは、突然の奇跡というよりも、あなたがこれまで積み重ねてきたことが、ようやく形になって現れてくるタイミング。努力、才能、人との関わり――そのすべてが“見える形で報われる”時期を告げています。そして、その喜びや感謝を人と分かち合うと、さらに大きな豊かさの循環が生まれます。成功とは“受け取ること”多くの人が、与えることには慣れていても、“受け取ること”にはどこかためらいがあります。でも、このカードは言います。>成功を受け取ることは、周りへのギフトでもある。あなたが自分の成功を素直に喜ぶとき、周囲の人も「自分も成功していいんだ」と感じられる。それが、ギフトカード群が示す“分かち合いの法則”です。まとめ「39・成功」のカードは、あなたがあなたらしく十分に咲き始めていることを知らせるサイン。それは派手な賞賛よりも、静かな充足、そして内側からにじむ「ありがとう」に近いもの。この世界に、その場所に、自分の花を咲かせていいと認めること。それが、自分も他者ものびのび生きられる世界を作っていくのだと、私は思います。
このカードは、私がリーディングをしていて本当によく顔を出す一枚です。「才能」と聞くと、芸術的なセンスや人を惹きつけるカリスマ性、専門的なスキルのような“特別な力”を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも、このカードが伝えているのは――才能とは、もっと日常の中にあるあなたらしさそのものだということ。「欠点だと思っていたこと」が光に変わるこのカードがでた場合、自分の持っている才能を欠点や弱点だと思い込んでいるケースが多いです。たとえば「感受性が強すぎる」「優しすぎる」「空気を読みすぎて疲れる」など。でも、それは本当は“その場所や相手では活かせなかっただけ”かもしれないんです。才能を抑えたり隠したりしてきたのは、かつてそれを否定された経験があったからかもしれません。けれど、カードの絵をよく見ると――ドアのすぐそばに、そして自らの足元に“鍵”が落ちています。つまり、「外に探しに行かなくても、答えはすでに自分のそばにある」ということ。あなたがそれに気づいたり、勇気をだして使ってみようと思うだけでいいのです。才能は“怖れ”の下に隠れているこのカードは「才能は怖れの下に眠っている」とも教えてくれます。たとえば、人の気持ちを深く感じ取る力を持つ人は、過去にそれで傷ついた経験があるかもしれません。だからこそ、無意識に「もう感じたくない」と蓋をしてしまう。でも、その“怖れ”の下こそが宝のありか。勇気を出してもう一度その感性に触れてみると、まるで滞っていた川が動き出すように、物事がスムーズに流れ始めます。使うほど、世界がひらいていく「恵まれた才能」は、もともと誰かに与えられていたものではなく、あなたが世界と響き合うために選んで持ってきた力です。だから、隠すのをやめた瞬間から、あなたの世界は静かに動き出します。特別な行動をしなくても、「これは私の力なんだ」と受け入れるだけで、人生の流れが変わっていくのです。まとめ「38・恵まれた才能」のカードは、あなたの“怖れの下にある光”を見つけてほしいというメッセージ。欠点や短所に見えているかもしれない、そう言われてきたかもしれない、その部分こそ、あなたの特別な才能である可能性があります。あとは鍵は拾うだけ・・・。それだけで、閉まっていたはずの扉が静かにひらきはじめます。
セクシャリティという言葉を聞くと、多くの人は“性的なこと”を思い浮かべるかもしれません。でも、このカードが示しているのは、それよりもずっと広い意味での「生命力」や「つながり」のことです。セクシャリティとは、「感じる力」が戻ってくること「セクシャリティ」とは、身体と心と魂が再び調和し、世界と自分とのあいだに境界線がゆるむ瞬間のことです。それは、長い間張りつめていた防衛を解いて、「あるがままの自分」で誰かや何かと向き合える準備が整ったという合図。恥や警戒心に覆われていた感覚が、ふっと息をつき始める——そんな繊細な変化を表しています。「開く」だけでなく、「感じていることにとどまる」ことセクシャリティとは、ただ心を開くことだけを意味しません。今、自分が感じている感覚を、そのまま受け取ること、そのままの感覚でそこにあること。無防備なまま、世界の揺らぎに共鳴する。風が頬をなでる感触、誰かの声のトーン、朝の光の色——そういった微細な感覚に、もう一度"センサー"として応答できるようになること。動かなくても、内側は揺れている。それこそが「生命として今ここにいる」という感覚そのものです。震えている自分を、外に差し出してみる「もう、正解を探さなくていい」「今感じていることを、そのまま認めていい」守りきらずに、でも壊れずに、ただ風にさらしてみる。震えている自分を、無理に安定させようとせず、そっと外に差し出してみる。それはとても勇気のいることかもしれません。けれど、あなたにはもうその準備ができているということ。味わっていいという許可が、内側から灯り始めています。新たなつながり、新たな豊かさへの入り口現在パートナーがいる人にとっては、関係性の中で新しい自然さや深まりが訪れる予兆です。これまでとは違う次元で、お互いの存在を感じ合えるようになるかもしれません。もしパートナーがいなくても、それは新しい人生そのものに、あなたの心が開き始めていることを意味します。誰かとの出会いに限らず、仕事や創作、日常の中にある小さな喜びに対しても、あなたはより自然に、より豊かに感じられ、現実での豊かさも増していく流れの前にいるということを表してくれているのです。
「真実の愛」というと、運命の相手との情熱的な恋やロマンチックな出会いを連想する人も多いかもしれません。けれど、このカードが語っているのは、“関係の中で育っていく愛”――つまり、時間をかけて成熟していく愛のかたちです。愛は「証明」ではなく「存在」真実の愛は、何かを証明したり、条件を満たしたりして得られるものではありません。相手に「愛されている」と確かめ続けるのでもなく、「愛されるために頑張る」ことでもない。愛とは、ただ“共に在る”ことから育まれていくものです。お互いを変えようとせず、支配も従属もなく、違いさえも受け入れていくとき――そこに、深まり続けるロマンスが生まれます。自分の中の“陰と陽”のロマンスこのカードはまた、自分の内側での統合も象徴していると私は感じています。女性性(受け取る、感じる)と男性性(行動する、守る)のバランスが取れていくとき、私たちはようやく“自分のまま愛する”ことを学びます。自分を責めず、欠けている部分を探すのではなく、「この、今の、ただの、私でいい」と感じられる瞬間。その穏やかな肯定こそ、他者に対しても、外の世界に対しても同じように愛を向けられる始まりです。ハートの新しい誕生真実の愛のカードを引いたとき、それはあなたのハートが新しい段階へ開こうとしているサインです。もう、奪い合う愛ではなく、与え合う愛へ。相手に期待する愛ではなく、存在を祝福し合う愛へ。愛とは「完全に満たされたときに訪れるもの」ではなく、「不完全なままでも、寄り添い合える関係の中で育つもの」。あなたの中でその準備が整ったからこそ、このカードが現れたのかもしれません。「真実の愛」とは、自分をまるごと受け入れ、相手とも自然に“ともにある”こと。そして、関係を通してお互いの中にあるものを育てていくプロセスそのものです。
フローってどんな状態?「流れ」のカードは、人生がスムーズに進んでいる、心地よい状態を表しています。何かに夢中になっている時、気づいたら時間が経っていた、という経験がある人も多いのではないでしょうか。それがまさに「フロー」や「ゾーン」と呼ばれる状態です。宇宙や人生の自然な流れに乗っている時、不思議なことに必要な人との出会いがあったり、ちょうど良いタイミングで物事が動き出したり。そんなシンクロニシティが起こりやすくなります。流れに乗るには?今あるものに目を向ける実はうまくいっていない、流れに乗れていないことすらも流れのうちともいえます。流れてきた何かが途中の岩にひっかかるように。今しか感じられないものが、必ずそこにはあって、それを感じていると自ずとまたふと流れを感じられたりします。誰かの力になる自分のことで頭がいっぱいの時ほど、実は誰かを助けることで道が開けることもあります。困っている人の話を聞いたり、ちょっとした手助けをしたり。人を支えることで、不思議と自分も支えられる。そんなエネルギーの循環が生まれて、一緒に流れに乗れることもあるでしょう。内側が整うと、外側も整うカードに描かれた船に乗る人のように、自分の中にあるいろんな側面が仲良くなれた時、流れは強くなります。頭で考えることと心で感じること、動きたい気持ちと休みたい気持ち。そんな内なる声たちが同じ方向を向いて、「よし、行こう」と思えた時、人生はすいすいと前に進み始めます。みんなで幸せになっていい誰かが幸せになったからって、自分の幸せが減るわけじゃありません。友達の成功を心から喜べたり、周りの人それぞれが輝いていることを素敵だなと思えたり。そんな風に思えるようになると、流れはもっと大きく、もっと豊かになっていきます。大丈夫、いつだってあなたは流れの中にいます。本当は、ただ、思い出すだけでいいのかもしれませんね。
インスピレーションは、思考や分析を超えた創造性そのものです。それは突然やってくるひらめきでもあり、答えを見つけるために頭で考える必要がないメッセージでもあります。このカードが示すインスピレーションは、ハイアーマインド、高次の意識や宇宙、神様など、自分を超えた大きな存在からのメッセージとして捉えることができます。インスピレーションの受け取り方インスピレーションは人によって様々な形でやってきます:- 言葉として - はっきりとした言葉やフレーズが浮かぶ- イメージとして - 映像や色、シンボルが見える- 音として - メロディーや特定の音が聞こえる- 現実の出来事として - 偶然の出会いやタイミングの良い出来事- 身体感覚として - 直感的な「これだ!」という感覚、些細な違和感などなど・・・。大切なのは、それがどんな形であれ、素直に受け取ってみることです。まずは自分がインスピレーションだと思ったものを「色々実践してみる」ことから始めてみると良いかもしれません。インスピレーションを受け取る際の課題よっぽど天からの啓示のような強いメッセージ出ない限りは、最初からインスピレーションをうまく受け取ることは難しいかもしれません。私たちは日常的に:- 思考で判断してしまう - 「これは現実的じゃない」「理屈に合わない」- 常識に阻まれる - 「普通はこうするべき」「周りはどう思うだろう」- 恐れに支配される - 「失敗したらどうしよう」「間違っていたら恥ずかしい」これらの声に覆われて、インスピレーションを隠してしまうことがあります。インスピレーションは「私がインスピレーションです!」ということを言ってくれません。もしかしたらわずかな違和感や、キラッとした感じなど、小さな小さな体感的シグナルかもしれません。インスピレーションは何度でもやってくるインスピレーションは一度限りのものではないと考えています。あなたに必要なメッセージは、何度でも形を変えて伝えにやってきています。だからこそ、「これは頭の中の声なのか、それとも本当のインスピレーションなのか」を試行錯誤することができると私は感じています。間違いを恐れる必要はありません。練習を重ねることで、だんだんと本物のインスピレーションと思考の違いが分かるようになってくるでしょう。インスピレーションと共に生きるためにインスピレーションには、答えと共にそれを実現するためのエネルギーも付いてきます。つまり、本物のインスピレーションには、それを行動に移すための自然な推進力が備わっているのです。無理に頑張る必要はありません。インスピレーションのエネルギーに運ばれるように、自然な流れに身を委ねてみてください。まとめセルフセラピーカード34「インスピレーション」は、思考を超えた直感の力を信頼することの大切さを教えてくれます。最初は戸惑うかもしれませんが、練習を重ねることで、きっとあなただけのインスピレーションの受け取り方が見つかると思います。
セルフセラピーカードの33番「自由」を見ていると、なんだか不思議な気持ちになります。自由って聞くと、なんでも好き勝手にできることだと思いがちですが、このカードはちょっと違った自由を教えてくれているように思えるんです。制限があっても、自分らしく生きていくこのカードが伝える自由は、「何をしても許される」という自由というよりも現実にはいろんな制約や困ったことがあるけれど、そんな中でも「私はこんなふうに生きていこう」って自分で決められることを示しています。たとえ思い通りにいかないことがあっても、そこで自分らしい道を選んでいける。そんな力を持てることが、このカードの示す自由なのかもしれません。一人ぼっちになることと、自由でいることは違うものこのカードは大切なことを教えてくれています。本当の自由と、ただ一人になって誰とも関わらないことは、実は全然違うものなんです。「誰にも縛られない」と言って・・・- みんなから距離を置いてしまったり- 誰かに頼ることを嫌がったり- 関わりを持つのを避けたりそうやって孤独になってしまうのは、自由というよりも、自由のふりをしているだけかもしれません。本当の自由って、実は自分や誰か、何かを心から大切に思う気持ち、から生まれてくるものなんです。不思議ですよね。そのままの自分で、まるごと関わってみるできることだけじゃなくて、感じていることも一緒に普段、私たちは「できること」や「得意なこと」だけを見せようとしがちです。でもこのカードは、そうじゃない関わり方を提案してくれています。うれしい気持ちも、不安な気持ちも、願っていることも、ちょっと怖いなって思うことも。そんな感情も含めて、ありのままの自分でそこにいる。そんな関わり方ができたら素敵ですよね。無理に取り繕わなくても大丈夫- 「このくらいでいいかな」って出し惜しみしなくても- 「傷つくかもしれないから」って身を守らなくても- 「こんなふうに思われたい」って演じなくてもそのままの自分で大丈夫。そう思えるようになることが、自由への一歩なのかもしれません。完璧じゃない自分も、弱い部分も、全部ひっくるめて差し出してみる。そのままの自分で人と関わる勇気を持つということでもあります。愛されようとするより、愛することを選ぶこれはとても大きな変化だと思います。今まで「選んでもらえるかな」「愛してもらえるかな」って相手の反応を気にしていた自分から、「私はこの人を大切にしたい」「この道を歩んでいきたい」って自分から選ぶ自分へ。相手からどう思われるかではなく、自分が大切にしたいから大切にする。これができるようになったとき、本当の意味で自由になれるのかもしれません。自由でいることを選べる自分を祝福しようこのカードが出てきたとき、それはきっと「もう自分で自由を選べるだけの力が育ってきているよ」というメッセージなのかもしれません。いろんな制限や困難があっても、その中で自分らしい生き方を選んでいく力。偽らない自分のまま、世界と関わっていく勇気。誰かに選んでもらうのを待つのではなく、自分から道を選んでいく意志。自分を隠そうとコントロールしない勇気。そんな力が自分の中に育っていることを、ちょっと誇らしく思ってもいいのかもしれません。
「生きるって、恥ずかしいことなんだ。もしかしたら世の中には、カッコ良く生きられる人もいるかもしれないけど、僕は知らない。そうじゃない。右往左往してジタバタして、カッコ良くなんかなくて。みっともなくて。自分を嫌いになりそうな毎日だ。でもここにいる。生きている。だから君も、生き恥をかいて、生き続けよう。みっともなくて、恥ずかしくて、逃げ出したくなる記憶と共に、生き続けよう。」掟上今日子の備忘録 第6話 脚本:野木亜紀子 心に響いたドラマの台詞最近、TVerで配信が始まった「掟上今日子の備忘録」を見返していて、改めて心に刺さる台詞に出会いました。第6話での隠館厄介の言葉です。「生きるって、恥ずかしいことなんだ」で始まるこの台詞は、脚本家の野木亜紀子さんによるものです。野木さんは「逃げるは恥だが役に立つ」や「アンナチュラル」「MIU404」など、数々の名作を手がけていますが、いつも私の心がハッとするような言葉で表現されていて、大好きな脚本家さんです。配信が少ない名作への思い「掟上今日子の備忘録」は、寝ると記憶がリセットされる忘却探偵の掟上今日子が、依頼人から持ち込まれる事件を「ほぼ」1日で解決していく物語です。冤罪体質で毎度事件に巻き込まれる気弱な大男・隠館厄介の視点から描かれる、少し変わったミステリードラマです。なぜかこの作品だけあまり配信されておらず、今回TVerで見られるようになって本当に嬉しくなりました。「生き恥」という言葉の重み厄介の台詞にある「生き恥をかいて、生き続けよう」という言葉。最初聞いたときは、なんて重い言葉だろうと思いました。でも、同時にものすごく救われる感覚もありました。私たちは日々、大小さまざまな失敗をして、恥ずかしい思いをして生きています。完璧に生きられる人なんていないのに、なぜか自分だけがダメな人間のような気がしてしまうことが多々あります。どうしても人は自分の心の内しか見えないので、自分だけがあたふたして、がっかりして、辛いと感じている気がしちゃうんですよね。自分と他人への異なる眼差し面白いもので、他人が失敗して恥ずかしがっている姿を見ると、愛おしく感じることがあります。「ああ、この人も人間らしくて素敵だな」と思えるのです。でも、いざ自分のこととなると、途端に厳しくなってしまいます。「もうダメだ」「穴があったら入りたい」「消えてしまいたい」そんな風に自分を責めてしまう厄介な生き物、それが私たち人間なのかもしれません。隠すのではなく、さらけ出すことの美しさ恥ずかしいことや失敗は、つい隠してしまいがちです。でも、野木さんの言葉や作品の中の厄介のまっすぐさを通して考えてみると、さらけ出してしまった方が、人としての魅力が増していくという例を見せてくれているようにも思えます。完璧な人よりも、失敗もするし、恥もかくけれど、それでも一生懸命生きている人の方が、心に響くのです。SNSで見る完璧に見える生活よりも、等身大の悩みや失敗を共有してくれる人の方が、親しみやすく感じられるのと同じように。「右往左往してジタバタして」の美しさ厄介の台詞にある「右往左往してジタバタして、カッコ良くなんかなくて。みっともなくて」という部分。私たちの日常は、まさにこの連続です。朝起きて、仕事に行って、人間関係に悩んで、お金のことを考えて、将来に不安になって...。決してカッコいいものではありません。でも、それでも「今、ここにいる。生きている」のです。生きることの肯定野木亜紀子さんの脚本は、いつも生きることを肯定してくれます。完璧でなくても、カッコよくなくても、恥ずかしくても、それでも生きていることに価値があるのだと教えてくれます。「だから君も、生き恥をかいて、生き続けよう」この言葉は、諦めや投げやりな気持ちではなく、むしろ力強い応援のメッセージなのだと思います。みんな恥をかきながら生きているのだから、あなただけじゃないよ、一緒に生き続けようよ、という温かい手を差し伸べてくれているような気がします。今日も生き恥をかきながら今日も私は、失敗をして、恥ずかしい思いをして、こんなブログ名をつけておきながら(苦笑)時には自分が嫌になりそうになりながら生きています。でも、それでいいのです。それがいいし、それこそがきっと人間らしさなのです。
セルフセラピーカードの「ギフトカード群」。これらのカードには、人生における深い智恵と変容の可能性が込められています。ギフトカード群の基本理念このカード群が教えてくれるのは、人生のあらゆる場面において、私たちには二つの選択肢があるということです。目の前の状況を「困難」として捉えるか、それとも「恵み」として受け取るか。ギフトカード群は、後者の視点へと私たちを導きます。困難や問題に見えるものは、実は私たちが本来持っている力や才能から目を逸らそうとする心の働きかもしれません。なぜ心はそんなことをするのでしょうか。それは、自分の真の才能を受け取ることが、同時に大きな責任や変化を意味することにもなるからです。例えば、絵を描くことに秀でた人が「才能なんてない」と言って本格的に取り組むことを避けるのは、もし才能があると認めてしまえば、それを活かす責任や失敗への恐れ、周囲からの期待に応える重圧を感じることになるからかもしれません。自然とリーダーシップを発揮できる人が「目立つのは嫌」と役割を避けるのも、責任を負い、批判の対象になるリスクを恐れていたりします。しかし、これほど避けたくなるということは、それだけその才能が自分にとって大切で重要なものだということでもあります。はっきりと社会に出してしまえば、否応なしに評価の波がきます。自分にとって大切なものほど、失ったり、傷つけられたりするのは辛いものです。けれども人はまた最も恐れているものの中に、最も価値のある贈り物が隠されていることが多いのです。表面的な問題の奥に隠された贈り物に気づくとき、私たちの人生は大きく変化していくでしょう。8枚のカードが示す人生の豊かさギフトカード群を構成する8枚のカードは、人生の様々な側面における豊かさを表現しています。精神的な解放と創造性の領域では、真のコミットメントを通じた自由の獲得、思考を超えた直感的なひらめき、そして人生の自然な流れとの調和が示されます。これらは、私たちが本来持っている創造的な力と、宇宙の大きな流れとのつながりを表しています。愛と生命力の領域では、心からの愛の体験、生命エネルギーの自然な表現、そして人間関係における深いつながりが描かれます。これは単なるロマンスを超えた、存在そのものへの愛と生命力の覚醒を意味します。現実創造の領域では、自分の内なる才能の認識と受容、人生における達成と成功の体験、そしてあらゆる面での豊かさの実現が表現されます。変容のメカニズムギフトカード群の最も興味深い点は、問題の解決ではなく、問題の見方を根本的に変えることを提案している点です。困難の奥に隠された贈り物を見つけ出し、それを受け取ることで、状況そのものが変化していきます。これは単なるポジティブシンキングとは異なります。表面的に明るく考えるのではなく、現実の深い層に存在する可能性と恵みに気づくプロセスです。日常への応用ギフトカード群のメッセージは、私たちの日常生活に直接応用できます。仕事での挫折、人間関係の困難、経済的な不安など、様々な状況において、「この体験が私に何を与えようとしているのか?」という問いかけは、新しい視点を開いてくれます。最も大きな恐れの下に最大の才能が隠されているという視点は、特に現代社会を生きる私たちにとって重要な洞察です。避けたい状況や感情の中にこそ、私たちの成長と幸福の鍵が隠されているかもしれません。まとめギフトカード群は、人生を被害者的に生きるのではなく、積極的な創造者として生きるための道筋を示してくれます。問題解決型の思考から、可能性発見型の意識への転換。これが、このカード群が私たちに贈る最大のギフトなのかもしれません。困難な状況に直面したとき、「この中にどんな贈り物が隠されているだろう?」と問いかけてみてください。その答えが、あなたの人生を新しいステージへと導いてくれるはずです。
「リーダーシップ」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?私は、みんなの前に立って集団を率いる強いリーダー像を思い浮かべてしまうのですが、どうでしょうか。でも、セルフセラピーカードの示すリーダーシップは、少し違っていて、誰もが持っている力のことなんです。つらいときこそ、外に目を向けてみるこのカードのメッセージは、最初は意外に感じるかもしれません。人はつらさのあまり、自分の痛みにばかりフォーカスしてしまうことがありますがそんな時にこそ、「助けを求める声」に応えて手を差し伸べることが、自分への癒しの入口になるというアイディアを教えてくれています。不思議なことに、その手を差し伸べられた相手だけでなく、差し伸べた側もまた軽くなる。「役に立てた」「誰かの力になれた」という実感が、人を内側から救うから、ではないかと私は感じています。日常の小さな行動から始めてみる「手を差し伸べる」といっても、特別なことをする必要はありません。今、ぱっと助けを求めていそうな人が思い浮かべば是非、その人の助けになることを。もし思い当たらなくても、例えば、- 友人の話をじっくり聞いてあげる- しばらく連絡を取っていない人に顔を出してみる- 電車で席を譲る- 重い荷物を持ってあげる- いつもしない家事をやってみるどんな小さなことでも自分が心からやりたいことであれば十分です。大切なのは「少しは自分も人の役に立てたかな・・・」というあのほんのり温かい感覚。実は、これって何かをしてもらうよりも、ずっと心が満たされる感覚だったりしませんか?リーダーとは本来「舵取り役」ところで「leader」という英語、語源を辿ると興味深いことがわかります。もともとは古英語の「lædan」(導く、案内する)から来ていて、この言葉には「方向を示す」「流れを変える」という意味が含まれています。つまり「舵を取る人」というニュアンスが込められています。自分自身への見方も変わってくるこのカードは自分に対する古い思い込みの囚われから解放され、新しい思い込みに変えながら、新たな方向に人生の舵を切ることができる機会がやってきたことを信じる時なのかもしれません。誰かを支えることや与えることを通じて、「私にもそのままでできることがある、喜んでもらえる」と自分の良さを再発見できるタイミングだと伝えてくれているのかもしれません。