東京生活もあと1ヶ月。
約6年。
6年というのは長いような短いような。
東京のほとんどを知らないけど、でも、とても大切な経験をさせてもらった。
夢を実現するために、結構無鉄砲に東京に出てきて、仕事でほとんど毎日深夜帰宅で。
そうこうしているうちに6年。
3年でフリーになって、関西に戻るつもりが、結局倍の6年かかってしまって。
自分の中では濃縮した6年間だった。
東京で出会った様々な人達。
一緒にばか騒ぎをしてくれた仲間達、ありがとう。今でも心に残る強い言葉を残してくれた大切な人、
寂しいとき、辛いとき、悩んでしまったとき必ずあなたの言葉を思い出します。
私を翻弄させた人たち、もう一時の感情に流されない。嘘つきな人、もう近寄らない。
決して、楽しい事ばかりじゃなかった。
でも、いづれ辛い事も、いい思い出に変えれるように。
わすれない。
東京での、楽しかった事、悲しかった事、辛かった事。


運命のいたずらってあるんだなと、思ってしまう。
いつも、大切な人とすれ違ってしまう。
あるときは、外国と日本。日本国内でも。
そして、今回も。
それぞれ、人には人生の転機があると思うけれど、
その転機となるのが、場所の移動を伴うこともあって。
大切な人の転機の時期に、私が傍で見ているというのは幸せなのかもしれない。
だけど、大切な人はいつも、遠くへ行ってしまう。
東京から、関西に戻ると決めて、それなのに大切な人の転勤が決まってしまうのは
なぜだろう。
二人での、新しい生活が始まるはずだったのに。
どうして、この時期なんだろう?
最悪11年間の一人での生活が待っている。
そういう運命で、それは実は、私が選んでいる道なのかも。

でも、きっといいこともあるよね。


時々、これが自分の運命なんだと感じ事があります。
今の自分になるまで、いろいろなことを経験して、その時々でいろいろなことを感じて。
そして今に至っています。
そして、今の容貌、性格、環境を生み出しています。
人生の色々なところで、小さな選択と思えたことが、結果的にひとつの方向性を持っていて、
その時々で軽く感じて選んでいたことが、結果的にはとても大きな選択になっていたのだと気づくことも
最近は多くなってきました。
それらの、私の後ろに作られた道、そしてこれから作っていく道も、ある程度定められた道なのかも。
そして、そのある程度定められた道を歩く私には、与えられるべき試練があって、そして、その中で感じる幸福があるの
かもしれません。
悲しみを感じることも、それも私に必要な試練なのでしょう。
客観的に考えて、その様に考えることはできますが、実際その場では、そう思えないでしょう。
私が自分の人生の道を歩んでいく中で、考えるべきこと、経験するべきこと。
その中には、どんな意味があるのか。その道が結果的にいい方向に進んでいるのか。
今は、その意味がわからず、どうしていけば良いのか、運命を受け入れるべきなのか、それとも、抵抗し続ける方が良いのか、色々な思考の中に迷い込んでしまいました。