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刑事事件のブログ

刑事事件について、綴ります。

片岡仁左衛門一家殺害事件(かたおかにざえもん いっか さつがい じけん)とは1946年(昭和21年)3月に発生した殺人事件。

概要


1946年3月16日、東京都渋谷区の歌舞伎役者・十二代目片岡仁左衛門一家5人が殺害されているのが見つかる。殺されたのは、片岡仁左衛門(当時65歳)、その夫人(元日活女優の小町とし子、当時26歳)、三男(当時2歳)、女中2人(当時12歳と当時69歳)である。5人とも頭を薪割り用の斧で殴られていた。

捜査線上に浮かんだのは、同居していたが事件以後は行方不明となっていた女中の兄X(当時22歳)だった。捜査本部はXを指名手配。3月30日、Xは逮捕された。

捜査によって、犯行動機は当時の食料事情の悪さなどから1日2食(合計米1合3勺程度)しか与えられていなかったことと、夫人との諍いや仁左衛門が男を罵倒したことが犯行の動機になったと推定された。

Xはそれまでに精神障害の既往はなかったが、取り調べで事件当時の記憶が欠落していることが明らかとなったため東京大学精神科教授内村祐之による精神鑑定が行われた。鑑定結果は、激しい情動のため一時的な意識障害をおこしていたことを示唆するものであった。一方内村とは別に精神鑑定を行った菊池甚一は、少なくとも2人目以降の殺人については一時的に精神病状態であったと結論づけた。

1947年10月22日、Xは無期懲役の判決を受けた。求刑は死刑であり、5人を残虐な手段で殺害しており、完全責任能力が認められれば死刑相当の事件であった。この減軽について、一般には精神鑑定により心神耗弱状態だったと認定されたためとの説が流布されているが、実際の判決では全ての行為について責任能力を肯定すべきであるとしており、内村、菊池いずれの鑑定も採用されていないし、刑法39条の適用もしていない。にも係わらず死刑判決にならなかったのは、低栄養や片岡家における葛藤、犯行前夜からの紛争、不眠等の理由で、Xの感情が著しく興奮して安定を失っていたことを考慮したものとのことである。