職場の友人に勧められて読み始めた。
町田そのこさんの本は好きなものが多く、個人的に感動作は好みなので、読む前から期待大。
タイトル『わたしの知る花』 このお話では“花”がキーワードになっている雰囲気。
登場人物に花を重ねているのか?花それ自体が大事な意味を持つのか?どう書かれているのか。
読み進めていく中で感じたことを取り留めもなく残します。
※多分にネタバレを含みます。
・1章 ひまわりを花束にして
平は自分からの“花”を安珠に受け取ってもらえたことに驚いている。花を受け取ってもらえなかった過去がある。
安珠の祖母、悦子は平のことを知っていたようだし、平と悦子の間には昔何かあったのだろう。
安珠に悦子を重ねていたのだろうか?ということは、悦子に花を贈ろうとしたのだろうか?
この時にもらったひまわりを持って、安珠は奏斗を訪ねようとしている。この“ひまわり”に意味があるのだろうか。
ひまわりは太陽の方向を向くという性質があるから、まっすぐ向き合って腹を割って話そうという決意の表れか。
安珠の愚直なまでのまっすぐさにもかかっている気がする。
登場する“花”にも意味を持たせているとすれば、過去に平が贈ろうとした花は何だったのか。
・2章 クロッカスの女
平のかつての恋人、香恵が登場する。
香恵から平への伝言『故郷に帰って』を伝えたとき、雨が降る。そして、色とりどりのクロッカスの中には紫色のクロッカスも混じっていることに気が付いた。
好きな情景描写。紫のクロッカスの花言葉は愛の懺悔、愛の後悔。
クロッカスの多様な色彩によって、平の中にも様々な感情が入り乱れていることを表現しているのだろう。
この章にはもう一つ好きな場面がある。
まっすぐ生きていれば、必ず背中を追う人間が現れる。その背中を追うだけで十分。
もしかしたら、お互いが生きている間に分かり合うことは難しいのかもしれない。それでも、どの瞬間からでも、その人の考えや気持ちに気付いて、背中を追ったとしたら、それだけで十分に理解し、愛したことになると。
ここでも人と人とが真正面から向き合うことの難しさが強調されている。
平にとって、故郷が意味するものとは何なのか?
・3章 不器用なクレマチス
奏斗の成長、気付きの章。
世間や周りの人が定めるものにとらわれる必要はない。自分の持っているものが大切である。
この言葉は、自我を確立しようとしている奏斗にとって大事なきっかけになったと思う。
平が絵や物語を書いていたのは小藤という女の子についてだった。この子は昔父親によって惨殺されていた。
平は、彼女に花を届けられなかったのか?
悦子に贈ろうとしていたのか、小藤に贈ろうとしていたのか?なんの花を贈ろうとしていたのか?
・4章 木槿は甘い
平の遺作をどうするかについて、平の住んでいたアパートのオーナー夫婦間で争い。
広く一般に公開するのではなく、引き継ぐべき人が引き継ぐだろうと。そこに現れたのは、平が再訪を待っていた安珠。
平が生きているうちには会うことができなかったけど、思い出のひまわりのワッペンが遺作の上に乗っていたことから、安珠に託すことに。
小藤は平の妹であることが判明した。小藤殺害当時の新聞に写る平の手にはひまわりが。
“ひまわり”に意味があったのか。小藤に受け取ってもらえなかったのか。
平が香恵を傷つけた後、悦子から故郷を出ていけと言われ、以降仲違い状態だった。
この章では、平の印象は人によって大きく異なることも気になった。同じ対象でも観察者によって持つ印象は違うということ。このことも“花”にかかっていると感じた。同じ花を見ていても、人によって持つイメージは違うなと。
あとは、安珠の成長について。これも、種から始まって芽が生え、茎をのばして葉をつけた後、花を咲かせる“花”をモチーフにすることで暗示していたのかなと。
「そう言う彼女の胸元には、ひまわりが咲いていた。」
今回は平さんの思いが伝わった。まっすぐに生きていたから、背中を追う人が現れた。
平のそのまっすぐな思いは小藤を思う気持ちだったのか。
ここにきて、香恵さんが言ったまっすぐに生きること、平の小藤を思うまっすぐな祈り、安珠のまっすぐさは全てひまわりにかかっていたと感じた。
・5章 ひまわりを、君に
タイトルからして、やっぱりひまわりが大事だったのか。
悦子視点。平との過去が描かれるか。
悦子が父に殴られ、理容室に行く決心をした夜、平の部屋に行くとひまわりの花束が。
「わたしも、花束貰ってみたかったなー」笑ったはずだけど、涙が止まらない。
小藤の誕生日の夜明け前、平は小藤に花束を届けに向かったが、遅かった。
悦子は平を引き留めたことを後悔。平も、早く行っていればと。悦子のことは好きだが、小藤に対して申し訳なくなる。
「『ふたりを見殺しにしたあんたを一生許さない』それはわたしにも向けられている。」これは“悦子の感じ方”。わたしたちは、一緒にいること自体が平の苦しみになる。お互いがお互いに遠慮して、自己判断で終わっちゃう。すれ違い、、。
あれ以来、悦子はひまわりを選べない。ひまわりのマスクチャームも避けた。
小藤の死後、自分の生きる意味が分からないという。『あの子以外に、おれのそのまんまを好きだと言ってくれるひとが、どこにもいないんだ』平と悦子のすれ違い。
悦子は平に好きだと伝えられなかった。かつての純粋な思いに垢をつけてしまうようで。もうやり直せないほど2人は離れてしまった。
『おれと一緒にいても、誰もしあわせにならない。』
『もう二度と、わたしの前に現れないで。』
互いに相手の幸せを願っているが、同時に一緒に幸せを目指すことはできないと、、。
だからこそ、悦子も平も、安珠には奏斗としっかり話すように伝えていたのだろう。
悦子が意識を取り戻したときにはもう平はこの世を去っていた。
「わたしはわたしひとりで、しあわせになれる力のある女だった。ならば、わたしがあなたをしあわせにすると言えばよかった。」
平の最後の物語は、平が悦子を探す物語。昔ひまわり畑で大喧嘩したと。
幻のひまわりは自分で作るものだと、安珠に教えられた。平の残したひまわりのブローチは悦子に向けられたものだった。
平の“ひまわりの花束”は、最後の最後で受け取ってもらえた。
紆余曲折あるが、まっすぐな気持ちで互いに向き合うことの大切さ、難しさ。そして、まっすぐ生きることでその背中を追ってくれる人が必ずいること。最後の最後で悦子に届いた。
平は世間や周りの人(それがどんなに近い存在の人であったとしても)にどう思われようが、自分の中の思い、祈りにまっすぐに生きてきた。ずっとまっすぐ生きてきたからこそ、その思いを受け取った人たちが背中を追って生きようとした。
安珠のまっすぐさは、ある意味、平ゆずりのものなのかもしれない。
悦子と平は、自分たちの過去があったからこそ、安珠には正直に自分の思いを伝えるように言ったのだろう。もし、悦子や平にも、大人の存在があったなら、違ったのかもしれない。
安珠からの“ひまわりの花束”を受け取れた奏斗と、生前平からの“花束”を受け取れなかった悦子の対比。最後の最後で悦子が平から“ひまわりの花束”を受け取れたのは、やっと自分たちの気持ち・思いに正直になれた2人だったからこそ。
その2人をつないだのが、周りの人たちの物語を聞いてひまわりのようにまっすぐ成長した安珠だったのも感慨深い。