私は、41歳男、独身です。同じ県の県都に、12年前まで、一人暮らしをしていました。お金を散財し、親との関係も悪化し、無理やり実家に帰った。
そこで、地元の精神科病院で、准看護師として、就職したのが2014年の事、そこは、理事長が医師も兼務しており、患者さんの妄想も全て事実にされたりと、まるで、とてつもない、日々を過ごしてました。2年程経った頃から、労働組合に個人で加入しました。理由は早残の是正、休日日数が、95日しか無かった為です。組合から、加入の、お知らせが病院に届いてから、理事長は、私を標的にし、患者さんが、お前は立ってると怖いと言ってる。見た目が、166cm、110kgで、デブだからです。それが、ダメだ分からんのかと、毎日顔を合わせる度に、怒鳴り散らされました。また、昔から汗かきで、夏場は特にすごい量の汗をかくため、それで、臭い不快だ向こういけなど、罵られたり、採血の失敗1回したのを、貴様みたいな男、元々技術もないか、馬鹿なのか、管理職の指導の元以外やるなよ、分かったかボケナス。など、言われ、2017年、ストレスチェックでひっかかり、産業医と面談し、不安症と診断され、抗不安薬と、睡眠薬を飲みだしました。当時の院長は、雇われで、薬が無くなると、紙に書き処方してもらってました。しかし、理事長の、暴言、恫喝はエスカレートし、患者さんの、喫煙介助中突然現れ、風が強い日で入口で火をつけてたら、そんな所でつけるのは、いかんでないか、始末書もんじゃ、始末書出せと、怒鳴られたり、邪魔じゃ向こうの方いけ、など、怒鳴られてました。2018年院長が理事長の息子に変わり、いつものように、処方してもらおうとしたら、息子院長に、診察しないと、ただ紙出しただけでは、出せないと言われ、診察し、そこで、始めて、適応障害抑うつ状態の診断がつきました。抗不安薬、抗うつ薬、睡眠薬の処方となり、月に1度、昼休みに診察で、その際再々、理事長の暴言、怒鳴られるのがとても、不安になると、話、院長から言ってくださいと伝えてましたが、理事長は、変わらず、会う度に怒鳴り続けました。2019年、9月に、投書箱に、院長は患者の訴えを効かない、改善しないと、匿名で投書したのに、何故かバレて、院長、事務長に呼び出され、これ書いたのあなたですよね?僕は真摯に、話聞いてますよ、職場での治療には限界があるから、病院変わって下さいと言われ、紹介状を書いてもらい、隣県の総合病院の精神科に転移しました。そこでは、先ず、PSWが、丁寧に出生歴、学生時代、社会人なってからの経緯を、聞き取りし、医師も親身に話を聞いてくれました。辛かったですね、毎日そんな怒鳴られたら、そら心が壊れますここで、話して、改善しましょうと言ってくれ、4週間に1度治療を開始しました。2020年、夏理事長の暴言恫喝は変わらない為、嘆願書を提出し、指導助言の方法に問題があり、病気になりました。配慮をお願いします、パワハラはやめてくださいと、書き提出すると、病院の顧問弁護士、師長、事務長、地域の福祉団体の理事長、による、第三者委員会があり、聞き取りが行われました。私は、理事長に言われて事を、全てノートに日付け、時間、内容を記録しており、それに基づいきせつめいし、ノートも提出しましたが、第三者委員会の結論はパワハラでないとのことで、その年の秋、顧問弁護士から、呼び出され、退職勧奨を受けました。納得出来ず、こちらも、弁護士に依頼し、退職金を年収分支払うなら、応じるが、辞める気は無いと、弁護士を通じて、通知すると、向こうが調停を希望され、地元の家裁でやりたかったのですが、理事長は、体裁を気にして、地方裁判所で、調停を行いました。2021年1月から2月まで、理事長側はパワハラは認めず、退職金を上乗せで、2月末退職をして欲しいと提示し、弁護士に退職金のかなりの増額を提示してもらい、応じ、退職し、隣県の、回復期リハビリテーション病院に転職しました。そこでは、小さなパワハラは、ありました。病院と言う閉鎖的な環境で、まして、女性社会なので、嫌味を言う人はいました。しかし、上司が、精神科出身者は技術がないから、夜勤は減らすなど、嫌がられセにあいました。1年程勤めたのちに、精神科病棟への配属の条件で入職したのに、1年経つと、突如デイケアに異動を命じられ、夜勤分の保証があるのなら、応じると回答すると、夜勤分の保証は無いと言われ、生活が既に、ギリギリだったため、病むなく、仕事を探し、退職し、2023年8月から隣県の精神科病院で勤めだしました。パワハラはなく穏やかでしたが、2024年4月に、患者から腕を曲げられ、骨折し、病院に行き労災申請をしてくださいと言われ、職場に伝えるとあなたが悪いから労災にしないと言われ、休職期間中も、保証しないと言われ、経営陣に不信感を抱き、20244月末で退職しました。その間も適応障害抑うつ状態の治療は継続していました。総合病院の精神科が、2023年、3月で閉鎖が決まり、隣県の精神科クリニックに、転移しました。そこでは、最初のみ心理士の聞き取りがありましたが、医師の診察は3分、そうですか?辛いですか、環境変えれば良くなりますよしか言わず、薬は継続で良くならず平行線のままでした。
2023年5月、住んでる県の、精神科病院に、転職しました。しかし、そこで待ち受けてたのは、とんでもない安い給料だった、その頃元カノバツイチ子持ちと別れていて、付き合ってた頃に、金銭支援、貯金をしていたのですが、一緒にしかし、彼女は、半年しかせず、私一人で5年付き合った中で120万ため、その上生活費の支援をしていたので、借金があり、生産を求めましたが、貯金は勝手に使われ、生活費300万ぐらい支援していたので、精算を求めましたが、逃げられ音信不通になったので、仕方なく、任意整理をしていました。その額を払える程の給料でなく、減額しなんとか、返済してましたが、ボーナスもない、雇用契約と違う、交通費を払わなくなったりと、あったので、2025年1月退職し、同市の、精神科病院に、出戻り転職しました。しかし、そこで、待ち受けていたのが、とてつもないパワハラでした。病棟職員ほぼ全員から、「使えん、技術ゼロ、仕事が出来ん、太いけん場所とるな、邪魔じゃなあっちいきな、話しかけんといて」など、言われ続け、師長も同調し、「技術ないからな、夜勤深夜を外す、準夜も、皆より減らすから」と、言われ、実際、深夜勤務なし、準夜勤、4回と、減らされました。後、准看護師の資格があるのにも関わらず、医療行為から外され、処置、点滴、採血、バルーン交換、内服介助、全て外されました。その上仕事は、オムツ交換、病棟清掃、ゴミ集め、ゴミ出し、コップ洗い、入床離床介助、食事介助のみでした。半年間続き、上記の発言や、無視などもありました。1人だけ、優しい先輩(年下)がいて、その人の時は、点滴交換、バルーン留置、処置、を一緒にやってました。その人が師長に、このままなんもささんのなら、他の人から不平も出るけん、やらさ出来んままでは困りますよ深夜もそうやけど、やらさないみないよ、と言ってくれましたが、師長は、頑なに、やらそうとはしませんでした。私は夏頃から、体調が悪化し、クリニックに相談し、診断書を書いてもらいました、適応障害抑うつ状態による、環境調整必要と、それを上司に提出し、上司から課長に提出され、課長に話が聞きたいと言われ、課長室で、診断書の経緯を説明し、パワハラを受けている事を伝え、課長がハラスメント相談窓口だった為、調査、中止依頼をしました。ノートに書いた内容、日付け、名前、日時、それを見せ、調査をお願いしました。数日後、回答がかあり、「ハラスメントでないです。あなたの姿勢が悪いからではないですか?後、診断書の件も技術ゼロの人を異動させられない。今の部署で適応してください」と言われ、納得出来ず、県の労働局のハラスメント相談窓口に申告し、件の労働局から、病院に、ハラスメントの再調査、助言、指導が行われたのですが、病院側はハラスメントは無いと、一貫し、労働局からはこれからは、民事で戦うか、斡旋しかないと言われました。ハラスメントは、エスカレーとし、「本間なんで、休むん?うそだろ?」など言われ、上司から、診断書公表しょうと言われ、病棟職員全員に適応障害抑うつ状態で、治療してます、体調に波があり、休む事もあります。ご迷惑おかけしますが、ご理解頂けると幸ですと伝えました。しかし、ハラスメントは無くなることなく、酷くなり、「皆うつ気味でも、仕事きょんのに、そんな病気あるん?40年勤めたけど、聞いた事ない、うそだろ?ちょっとのことで休むのは甘えじゃな」と、精神科病院病棟職員全員から、責められました。無理して出勤し、吐き気、めまい、朝起きると涙が止まらなくなり、体が動かない、希死念慮が出たりと、症状が酷くなって行きました。そんな中でも無理して出勤していました。たまに、早退する事もありましたが、何とか仕事してしてました。そんな日、9月末頃、元管理職の男性看護師から仕事中呼び出され、「なんでお前は、電話1本で休めるん?先輩が休まんときょんのに、なんでお前だけなん?」適応障害抑うつ状態なので、波があるんです体調にすみませんと伝えてると、「それほんまに病気なん?診断書も、嘘だろ?休むのも嘘、病気も嘘、お前は嘘つきじゃ、皆が思っとるんよ分かる?看護基準のだけなんよ、お前がここでおるのは、それも出来ん、処置は出来ん、他の仕事も出来ん、なんのためにおるん?ワシはもうお前に仕事はこんりんざい教えんし、話もせん、二度と視界に、現れるなよ分かったかコラ」と怒鳴れました。それを、師長に報告し、配慮を求めました、しかし、師長も、元師長なため、注意は出来ない、病気は仕方ないけど、休みすぎちゃん?信頼してもらうには来るしかないんちゃん?と、同調されました。病状は悪化し、10月末に、クリニック受診し、死にたいです涙が止まらない、もう限界です。と伝え、休んで、退職すればよくなりますよ、と言われ、診断書がまた出ました。適応障害抑うつ状態により、希死念慮強く、1ヶ月の休職必要と、そのまま提出し、休職し、退職しました。そのパワラの恐怖があり、2025年、4月まで働けずにいました。
4月から隣県の特養で、准看護師として勤務してます。親と借金のことで揉め、人格否定され、仕方なく働きだしました。借金の肩代わりをしてもらったため、今の職場は、優しい人が多くやりやすいです。
4月に4回自殺未遂をし、地域の保健所の保健師に、クリニックの診察が短いこと、精神障害者福祉手帳の申請をしたいことを、伝えて、クリニックに確認してもらいました。そして、診察を前倒しし、自殺未遂、親と確執をノートに書いて、医師に見せました、医師は、そんな事したら、絶対後悔しますよ、したらいけませんよ、精神障害者福祉手帳の診断書は書きます。しかし、自立支援医療を使ってるから、あんまりメリットないですよ。と言われ、不信感強くなり、診察も3分で変わらない、堂々巡りで、保健師に相談、適応障害抑うつ状態の治療には、心理療法はいるのではないですか?と聞くと、そうですね、近隣の病院で、セカンドオピニオンをとして、受け入れかか、聞いてみますね、と言ってくれ、近隣の病院で、心理療法がある、病院に変わればと思い、予約し、診療情報提供書が必要でと言われ、クリニックに、電話し、診療情報提供書を書いてもらい、5/15日から病院を、変わり、6/12日から心理療法が開始になりました。
このまえ、精神障害者福祉手帳3級が届き、税金の減免申請もしました。長い道のりです